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無銘退魔剣風帖  作者: 曼陀羅悪鬼
3/7

第三話 刀堂街

 第三話です。お待たせしました。割と行き当たりばったりで詰まってしまってしまいましたが、暴力描写するとびっくりするぐらい筆が進む今日この頃です。


 2023年4月25日、地理的描写のミスがありましたので修正しました。明治大正頃をモデルにしていますが、地名は廃藩置県前の旧国名です。


 日ノ本大八島国、河内。

 かつての大和の中心地であった江戸が大規模な百鬼夜行によって壊滅。今でもなお妖気により人の集わない呪われた穢土となり、結界により隔たれている。

 穢土百鬼夜行により、現帝都は山城、和泉、河内の三国合併の状態となっている。

 河内は紀伊と大和に隣接する場に位置しており、帝の膝元である帝都領ゆえに退魔士間でも中立地帯となっている。

 しかし十四年前に起きた百鬼夜行。かつて河内の地に封印されていた妖魔の復活や他の地から集ってきた妖魔の群により、河内の南側は完全なる荒れ地と化していた。隣接する土地と河内中心部を隔てる結界および物理的隔たりとしての関所も造られている。また百鬼夜行の対処は刀堂家の独断専行の責として一任されている。

 実質、中立地帯から刀堂家の管理地という形になっていた。もっとも河内全体が刀堂家管轄というわけではなく結界内のみであり、復興が進まない地には浮浪者たちが住み着いたりなどしている。


「他退魔士の方々は、皮肉を込めて刀堂街、と呼ばれているようです」


 そう言ったのは青年と向かい合うように座る洋装に身を包んだ高身長の痩せぎすの男。

 上等な黒の洋装に身を包み、白い手袋をした姿はどこかの洋館の執事とでも思わせ、佇まいにも品のある雰囲気を醸し出している。しかし表情はどこか暗く、目元に濃い隈があり不健康そうにも見える。

 男の名は秋水(しゅうすい)。帝直属の退魔組織・神祇省(じんぎしょう)の構成員であり、此度の青年に課せられた退魔の任に立ち会うことになっている。


 青年は自身に課せられた試験の準備を終え、刀堂家の所有している山を下り、一日かけて河内へと到着した。

 そこで竜雲より神祇省の人間と合流するように伝えられ、現地にてこの秋水と名乗る男と合流した。互いに自己紹介も兼ね軽く話すついでにと茶屋に入り、現状へと至る。


 神祇省。帝直属の退魔組織であり、大和の退魔士家系の協力関係にある上位組織である。大和で起こった妖魔の仕業と思しき事件の情報の収集・調査を行い、退魔士へと情報を流し妖魔の討伐を行わせている。

 また家ごとに在籍している退魔士の認定を行い、退魔士への財政的支援も行っている。同時に退魔士家系より奉納金を受け入れ、討伐の任を優先的に回すようにしたりという繋がりもある。


「やはり退魔士の家同士の仲は険悪のようですな、刀堂殿」

「いえ、自分には何とも。それと、自分にはまだその名を名乗る資格はありません」

「では無銘殿、と呼ばせていただきましょう。それとそんなに畏まらなくていいですよ」


 話している二人のもとへ、茶屋の店員が駆け寄る。


「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりですか?」

「あ、では私は宇治茶と柏餅を。無銘殿はどうされますか?」

「え、いや、自分は……」

「あぁ。料金ならお気になさらず。奢りますよ」

「……では団子と宇治茶で」

「は、はい! ではしばしお待ちください!」


 はつらつとした声で店員の娘は厨房へと戻っていく。

 戻る前に青年に対し、妙なものを見るような視線を向けているのを本人は感じた。


「何か変か?」

「まぁ、白昼堂々覆面をしていればそのような目を向けられますな」


 秋水の言葉通り、青年は顔下半分を覆面で覆っている。

 服装は学生服に外套、学帽と一見学生にしか見えない格好をしているため、その覆面が一層怪しさを際立てている。


「あぁ、なるほど。しかしこのような傷があるので」


 青年はそう言って、覆面をずらす。


「おや、これは失敬。しかし、なぜそのような傷が?」

「子供の時に妖魔に噛み千切られ、残った頬肉は稽古の際木刀で削がれました」

「話には聞いていますが、刀堂家の稽古というのは厳しいようですね」

「慣れますよ。師匠も稽古と言えど殺しはしないようにされていましたし」


 流血は毎度あり、ひどい時は後遺症になり得る負傷もありはした。それも今となっては糧となり、いい思い出と言えるかもしれない。


「ところで刀堂家は自身で造られた刀を持っているとは聞いていますが、無銘殿も?」

「いえ、自分はまだ無銘衆ですので持っていませんよ。銘在りの方は皆持っています。

 まぁ、刀剣のようであれば明らかに刀剣と言えないような形状のものを持っている方もいましたね」

「ふむ。それはぜひ見てみたいものですな」


 秋水は興味深そうにそう言った。刀剣愛好家なのかもしれない。


「では、無銘殿。得物はお持ちではないのですか?」

「いえ、無銘衆には小太刀、脇差が支給されています」


 そう言って青年は荷物から小太刀を取り出し、卓上に置く。


「ひっ」


 丁度、盆に茶と菓子を乗せた店員が小太刀を目にして小さく悲鳴を上げる。


「あ、失礼」

「ひっ」

 

 青年が店員の方へと目を向け謝る。

 今度は青年の傷を見て悲鳴を上げられた。

 青年は不注意に気づき、傷を左手で覆い隠し、小太刀をしまう。


「あ、す、すいません」

「いえ、慣れていますので」


 店員は謝り、茶と菓子を二人の前に置く。


「で、ではごゆっくり……」


 店員は気まずそうに台所へと向かった。

 青年は団子を一本取り、口を開いて左頬の傷から串に刺さった団子を一口で食べる。


「意外と便利ですね」


 感心したように秋水がそう言った。

 青年自身もこの傷の最大の利点と思っていた。



─────




 茶屋を後にした青年と秋水は河内南部の刀堂街へと向かう。

 かつての大和に比べ、西洋様式の建築物やガス灯が増え、俗にいうハイカラな街並みとなってきている。河内は寺院などの仏教の建築物のほか、同時期の様式を保った家屋などの割合が多いが、繁華街などでは西洋風の建物が多く見られる。

 しかし南部周辺では百鬼夜行での被害もあり、寂れた街並みが目に映る。そして隔てられた関所の内部はと言えば廃墟と瓦礫の山となっている。


「それで、此度の件でありますが、早い話ここ河内内で行方不明者が続出していまして」


 二年前より河内南部付近で行方不明者が出ている。

 最初は月に一人、そして月が跨ぐごとに一人二人と増えている。半年間は南部のみであったが、その後被害は中部、北部へと河内全域で被害は起こりつつあった。一年が過ぎ、被害数が三十を越え警察の手には負えない事件の可能性から退魔士への依頼が流れてきた。

 しかし刀堂家はこの依頼を放置。他退魔士家系、また無所属の者たちも刀堂家の管理地での依頼は受けずに被害はさらに増え、今では被害件数が八十を越えている。


「個人的に気になるのですが、なぜ刀堂家の方々は放置していたのですか?」

「……さて、自分のような下っ端には上の方々の考えはわかりませんので」

「ふむ……。まぁ、他の退魔士とも折り合いが悪い様子ですな」

「えぇ。そこは師匠の付き人として会合の場に同行させていただいたのですが、御三家をはじめとした他退魔士からは一方的に目の敵にはされてますね」


 話をしつつ、刀堂街入り口の関所へと到着する。

 入り口で警備をしている数人の警官に秋水が事情を説明して隔離された街へと入る。

 

「……」


 刀堂街。隔離された廃墟の町。十四年前に自分が拾われた町。

 通りに並ぶ建築物は燃え盛った跡のままであり、ほとんどは天井がなく青天井に晒されている。いくつかは炭化した壁天井に囲まれている。

 通りは風が吹けば、灰の混じった砂塵が吹きあがる。燃え尽きた町の閑散とした現状を青年に感じさせた。

 しかし、人や生活の気配が全くないというわけでなく、通りの先から何やら賑わったている声が聞こえる。

 賑わっている声の方へと向かい、通りの角を曲がる。

 するとそこでは通りを挟むように、両端に何人かが地べたに座り商いを行っていた。そしてそこで商品を物色している者たちも多く、祭りの出店のような賑わいを見せている。


「これは……」

「闇市、ですね」


 青年が何事かと思っていると、秋水がそう口にした。

 闇市。たしかに、いざ歩みを進めて広げられた茣蓙に並べられている品を見ればそのようだった。並べられているのは米に、衣類品、それに武具。

 米はその臭気に蝿が集り、衣類は乾いた泥がついていたり、端が破れ傷んでいる。武具はところどころ錆びついている刀数本、村田銃まであった。 

 品物を見ていると、地べたに座る商人が笑みを浮かべ声をかけてきた。


「お、いらっしゃい。おにーさん、護身用に刀はいかが?」

「いらん」

「へぇ。んじゃ、そちらの旦那はいかが?」

「いえ、私も結構」

「ちっ。客じゃねーなら失せな」


 買い物をしないと分かれば、態度が一変し手で払うように、言葉同様失せろと示す。

 しかし、青年はここ刀堂街に潜む妖魔の捜索のため聞き込みを行おうと話を続ける。


「いや、店主。悪いが、少し話に付き合ってほしい」

「あぁ? 耳が悪ぃのか? 失せろって言ってんだ」

「ほれ」


 青年は懐から一圓札を取り出し、商人に手渡す。

 金を受け取り、商人はこれまた笑顔になり、話に応じる。


「おやおやおや! こいつぁ、毎度! へへ、何をお求めで?」

「商品はいらん。少し聞きたいんだが……」

「あ、しばしお待ちを。……へい、で、何でしょう?」


 青年の言葉を遮り、汚れた懐中時計を取り出し、商人は青年に向き直る。


「商人、あなたは」

「あ、自分、善正と言います。どうかお見知りおきを」

「あぁ、善正殿。聞きたいんだが」

「いやいやいやいや、善正”殿”なんて滅相な! 呼び捨てでかまいやせん!」

「……では、善正。聞きたいことが」

「へい、なんでしょう? あぁ、もしやこの商品の仕入れを聞きたいんですかい?」

「……いや」

「あぁ、この刀たちですか? 錆びていますが、切れ味はそこまで悪くありません」

「おい」

「十四年前から落ちていた拾い物ですが、なかなかに立派な業物でして」

(……刀堂家の刀じゃねぇか)


 商人、善正は青年を話を聞かずに話を続ける。そして再び懐中時計に目を向ける。


「おっと。一分経ちましたぜ。んじゃ、話はこれまで」

「は?」

「おら、終わりだ。失せな。また一圓くれんなら、またいっぷブピッ」


 青年は善正の顔面を蹴り抜いた。

 腿を上げ、膝を曲げ、バネのように伸ばして、靴底で踏み抜く。それを刹那に素早く、鋭く行う。

 蹴り飛ばした瞬間、善正は珍妙な声を上げ、鼻血を噴き出し、背後へと倒れる。


「ぐっ、てめ、ふぶぅっ」


 起き上がり青年を睨みつけるが、すぐさま顎を掬うように顔を手で掴まれる。

 周りの人間が何事かと、視線が集まるが秋水が人払いをする。


「聞きたいんだが、近頃ここ河内では行方不明者がいるだろう?」


 青年は善正の顔を掴みながら話を続ける。

 善正は話を耳にしながら、万力のように肉と骨を締め上げていく手を外そうとするがびくともしない。


「俺はその件でここに来たんだ。この一件は妖魔絡みと判断されてね、俺はその対処を任された」

「よ、よふふぁ? あ、あんは退魔士、ふぁ?」

「厳密にはまだそうじゃない。で、聞きたいことに答えてくれるよな?」


 青年の言葉に善正は必死に首を縦に振る。もっとも顎が抑えられているので、さほど動かせてはいないのだが。

 青年は手を離した。善正は顎と鼻を抑え呻きだす。


「で、ここ最近の行方不明者はここ――百鬼夜行跡地であるこの街に妖魔が潜んで起こっていると推測してるんだ。何か知ってるか」

「い、いや、おれは知らねぇ。けど、この街は刀堂さんたちが仕切ってるから、あの人たちなら何か――」

「ちょっと待て」


 善正の言葉を青年は止める。

 目の前の男はまるで、刀堂家の者が近しいように呼んでいる。


「刀堂家は一応この街の管轄している家系だが、放任している筈だろう?」

「いや、十年前にその刀堂家から派遣された人らがいるんだよ。その人らが仕切り始めて、今みてぇに闇市開いて上納金納めてんだ。

 それであの人らは飯やら服やらの物資をくれんだよ」

「……ちなみに人数は?」

「あー……、十二人くらいか? みんな、刀持ってて、士族みてぇな格好してるぜ」

「どこに行けば会える?」

「ここからもっと南だよ。そこだけ、十四年前の豪邸の基礎が残ってて、廃材で壁とか作ってんだ」

「そうか」


 一圓札はとっとけ、と青年は善正から離れこちらを静観している秋水へと歩み寄る。


「秋水さん、どうやら刀堂家の者がここ仕切っているようです」

「おや、放任されている筈では?」

「ええ。放任しているでしょう。銘在りの方々も無銘衆も皆本家にいますし、当主様は自身のいる山岳地帯の管理で手一杯ですしね」

「ふむ?」

「ところで、行方不明の被害者たちのこと細かくわかりますか?」

「細かく、と言いますと?」

「まぁ、裕福かどうかということを」

「あぁ。それならたしかに、被害者は華族関係の方や良家の方が多いですね」


 なるほど、と青年は刀堂街の南へと足を向ける。秋水もそれに続く。

 先ほどの騒動から背中に視線を感じるが気にすることなく、刀堂家の者たちがいるものへと向かう。

 今回のこの一件、どうやらとても下らないことかもしれないと予測しながら歩みを進めていった。




~~~~~




 一方、青年が目的に向かっている廃材で固められている豪邸。

 十四年前、河内南部では珍しく西洋式の建築物であり、百鬼夜行後でも基礎と大部分は残り、それをそこら中に散らばる廃材を適当に打ち止め、今の状態へと至る。

 その廃材豪邸に、行方不明者の一人がいた。数日前に行方をくらませ、まだ件の連続行方不明と関連付けられたばかりの良家の娘である。

 その娘は一室にて、自身の尊厳を徹底的にまで踏みにじられている。嗚咽、悲鳴が木霊し、地下にまでその負の感情は届く。

 彼女は知らないが、その地下には同様に尊厳を踏みにじられた者たちの残骸が埋められている。ある者は飽きられたか、ある者は耐え切れずに事切れたか。

 その場は間違いなく怨念のごとき、黒いものが満ちていた。

 それに反応するのは、十四年前の百鬼夜行が去り、染みついた妖気。

 この地にもとよりあった干からびたようなものでない、ここ二年、与えられた瑞々しい鮮度の苦痛、絶望、悔恨、怨み。

 それが形作られる。地に染み乾いた血痕が黒く湧きあがり、水滴が重力に従い落ちるように、黒い雫が粘つくように地から宙へ浮き上がっていき、天井へと染みこみその姿を消して蠢いていった。


 次回も早いうちに投稿できるようにしていきたいです。目標は今月話数三話分投稿です。

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