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無銘退魔剣風帖  作者: 曼陀羅悪鬼
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第二話 十四年後

 遅くなりましたが、第二話更新です。

 続きを待っていただいた方がいらしていれば、お待たせいたしました。


 刀堂家、本家。

 人里離れた山頂近くに構えられた武家屋敷、という趣のある廊下を一人の青年が歩いている。

 青年は青みがかった髪をうなじで一つ結びで纏め、顔半分を覆面で覆っている。

 目的の部屋の前へとたどり着き、襖の中にいる人物へと入室の許可を取る。


刀堂村雨(とうどうむらさめ)の弟子、只今参上いたしました」

「入れ」


 部屋からは年老いた、しかし威厳のある力強い声が返ってくる。

 失礼いたします、と青年が部屋へと入る。

 部屋は八畳の和室。そこに三人の男女がいる。

 一人は老人。年老いて頭髪はなく仙人のような白いひげをたくわえた威厳ある気迫を発する翁。

 一人は男性。黒髪を後ろに流し、猫科の獣を思わせる鋭い目つきの男。

 そして最後の一人は女性――青年の師匠である刀堂村雨。


「では、座れ」

「失礼いたします」


 老人に促され、青年は正座する。

 村雨は軽薄そうな笑みを浮かべながら青年へと目を向けている。


「さて、村雨の弟子よ。お主がなぜ呼ばれたか、わかるな?」

「はい。竜雲様。村雨様を負傷させたこと、でございますね」


 老人――刀堂竜雲(とうどうりゅううん)の言葉に青年は答え、村雨へと目を向ける。

 村雨は右腕を固定し首から布で吊り下げ動かないようにしている。村雨本人はこちらの様子を窺う弟子にニヤニヤとした笑みを浮かべている。


 村雨による木刀を用いた実戦稽古。青年が弟子となってから続け十年、それはいつも青年が負けて終わっていた。たいていは打撲数ヵ所、時には骨折、内臓損傷の吐血もあった。

 しかし昨日の稽古にて、青年は師匠から一本を取ることができた。


 刀堂家の稽古・鍛錬用の道場にて、村雨と青年は白の剣道着に紺の袴、防具は身に着けず互いに木刀を一振り携えていた。

 村雨は木刀を右肩に乗せるような上段の構え。青年は体右側に振りぬくように八相の構え。

 間合いは互いに一歩踏み込めば、一足一刀。

 青年がまず動く。右から一歩、間合いへと入る。

 次いで村雨が動く。右足を一歩踏みぬく。

 剣戟は村雨が先手を取る。

 右肩から地へと振り抜く唐竹割り。青年の頭上へと木刀が迫る。

 青年は右から左へと身を捻り、木刀を弾く。

 ガンッ、と木刀同士のかち合う音が響き、下段で鍔迫り合い。

 村雨がすぐさま木刀を返し、刃先を上へ、切り上げに構える。

 青年が左足を一歩踏み出し、村雨の木刀の(きっさき)から物打(ものうち)の側面を踏みつけ押さえる。

 木刀を左から薙ぐように構え、左手で村雨の右手を木刀から離さぬように捕らえる。

 村雨は左手で青年の胴着の襟を掴み、地に着いた右足を払う。


 一閃。一投。


 青年が木刀を薙ぐ。村雨が青年を背後へ投げる。

 青年は床に叩きつけられるが、村雨が右手に木刀を持っていることを見て、すぐさま起き上がる。

 村雨は青年が立ち上がるのを見て、笑みを浮かべた。そして手にした木刀を離す。離された木刀はからん、と床に落ちた。

 青年の方へと振り返り、右手をかざすように見せて。

 ぐにゃり、と曲がった。手首から肘の間、関節のない部位が。

 青年の一閃は村雨の前腕を打ち、その一撃で骨を確実に折っていた。

 その様子に固まる青年に、村雨は笑みを浮かべたまま、左手の人差し指を立てた。


「お見事。一本だ」


 その一言で、その日の稽古は終わった。

 弟子が師匠から一本を取れた瞬間であった。


 そしてその翌日の今現在。

 刀堂家の重鎮である刀堂竜雲。その弟子である刀堂虎徹(とうどうこてつ)。師である刀堂村雨。

 この三人に青年は囲まれている。当事者である師匠は実に楽しそうな笑みを浮かべている。


「村雨殿、実に嬉しそうだな」


 虎徹が村雨へと諫めるように言葉をかける。暗に表情がだらしなく師としての威厳がないと言っている。

 対して村雨は表情を直すことなく、言葉を返した。


「おや、これは失敬。しかし、これはしょうがないこと。我が弟子が、私に対して一本取れるようになった。強くするために何度も殺しかけてしまいましたが、その成果というものを身を以て知れたのです。これが師として喜ばずにはいられません」

「村雨殿。そちらの心中は察するが、威厳は保たれるべきだろう」

「威厳だけで弟子取れないお方に心中察せるとは思いませんけど」

「……何だと?」

「おや失敬。本当のことはあまり言わない方がよろしいかな?」


 シンッ、と空気が揺れる。

 虎徹の手には一振りの刀。抜刀され、刃が村雨の首に添えられる。

 視認できないほどの速度の抜刀。それに対し村雨は笑みを崩さないどころか、愉悦からさらに深める。


「おぉ、こわい。虎徹殿、落ち着いた方が威厳があるのでは? それとも血に飢えておいでで?」

「黙れ、雌犬が。腕で足りぬというならその首撥ねてやる」


「いい加減にせんか」


 その二人を竜雲が止める。

 虎徹を鋭い視線が貫く。


「虎徹。お前が村雨の態度が気に食わんのはわかるが抑えろ。そのような頭に血が上りやすいからお前はまだ未熟なのだ」

「……っ。申し訳ありません」


 師の言葉に虎徹は素直に刀を納めた。

 次に村雨に目が向けられる。


「村雨。弟子の成長に有頂天になるのは結構。しかしあまりにも度が過ぎるぞ」

「……失礼いたしました」


 次に青年へと目が向けられた。


「さて、呼び出していておいてすまんな」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


 師匠である村雨の傍若無人っぷりには慣れているので、と青年は内心つぶやく。


「では本題に入るが、今日呼んだのはお主を咎めるわけではない。

 お主には刀堂家の名を名乗る資格があると十束様は判断された。

 つまりお主を銘在(なあ)りの一人として迎えようということだ」

「――――っ。それは、身に余る光栄であります」


 銘在り。

 その言葉に青年は床に手をつき、頭を下げる。

 竜雲はまだ話は終わっていないぞ、と頭を上げさせた。


「無論、そのための試験もある」

「試験、でありますか」

「うむ。お主はその腕と無銘衆(むめいしゅう)としての経験、その二つで退魔士としての実力があることを証明してもらう」

「証明……」

「場所は河内、百鬼夜行の跡地。そこに潜む妖魔を狩ってもらう」


 試験、銘在りの資格証明。

 それは青年が十四年前に拾われた、街で行われることとなった。






~~~~~






 刀堂家の者は”銘在り”と”無銘衆”の二つに分けられる。

 銘在りは刀堂家の家名と当主・刀堂十束(とうどうとつか)から命名され、銘を授かった退魔士である。

 固有の刀剣を所有し、妖魔の討伐・封印、そして作刀技術の追求をしている。

 無銘衆は雑兵・密偵であり、その名の通り名無しの者たちである。

 妖魔の調査及び他退魔士家系の情報収集、囮や捨て駒と銘在りとは大きな扱いの差がある。

 この二つには圧倒的な上下関係があり、銘在りにとって無銘衆は路傍の石の如くどうでもよいか、下僕のような存在である。

 稀に素質を持ち、銘在りの弟子あるいは付き人となる者も百数年の内に十数名はいたとされている。しかしその大半は銘を持つことなく、死ぬことが多かった。


 故に、十四年前に拾われ、無銘衆となった青年が銘在りとなれるかもしれないのは快挙と言えた。

 刀堂家にとって新たな銘在りの誕生は二十年ぶりのことである。


「ほう。めでたいじゃないか!」


 故にこの言葉は無銘衆たちにとっても本心であると言えよう。

 山頂近くの屋敷から下り、無銘衆が寝食をしている長屋状の山小屋へと青年は戻ってきた。

 無銘衆の頭に竜雲に呼ばれた経緯を報告して、先ほどの祝いの言葉をもらった。


「しかし、にっかりが銘在りになるとはな」


 にっかり。というのは青年のあだ名である。無銘衆は個人名が無いため、銘在りは特に判別していないので構わないが仲間内ではあだ名がつき、それで呼び合っている。


「はい。これも村雨様のご慧眼あってですが、頭に育てていただいたおかげでもあります」

「謙遜するな。村雨様にお前の世話を頼まれたから目にはかけていたが、鍛錬を耐え抜き弟子入りを果たしたのは紛れもなくお前自身が作り上げた実力だ」

「ありがとうございます」

「せっかくだから、皆で祝うか? この前、支給品で上質な酒を頂いたのでな」


 酒。

 頭のその言葉に長屋の扉が開き、聞き耳を立てていた他の無銘衆が殺到する。


「頭、酒ですか!」「我々もご相伴いたします!」「つまみもこちらでご用意いたします!」

「お前ら……」


 部屋に雪崩れ込む部下たちに呆れる頭。

 青年へは年の近い同僚たちが集う。


「にっかり、おめでとう」「にっかり殿、実にめでたいな!」「先輩! 銘在りとなればぜひ弟子に!」

「おう、にっかり。いいご身分だな」「お前、目ぇかけられてるからって図に乗りやがって」「足元掬われないようにするのね」


 祝福に混じって、やっかみの言葉もあるが青年は「ありがとう」と礼を口にする。

 無銘衆の皆が集まり、青年の出世を祝おうという流れができてくる。大半は酒が飲みたいだけであるのだが。


「おい、邪魔するぞ」


 祝い前の姦しさがピタリ、と止む。

 部屋の入口に村雨が立っている。酒をせがんでいた者に祝ったりやっかんだりした者たちが時が止まったかのように固まり、そちらへと目を向けている。


「随分と賑わっているな」

「む、村雨様。如何されましたか?」

「お前に用はない。弟子と話があるから呼びに来ただけだ」


 頭の問いに目を向けることなく答え、弟子へと目を向け「ついてこい」と示す。


「あー、では頭。行ってまいります」

「あ、あぁ」

「何か、すみません」


 無銘衆の長屋を後にし、また山頂近くの屋敷へと向かっていく。鍛えているので特に苦ではないが、手間がかかって面倒であるとは感じている。村雨からすれば知ったことではないのであろうが。

 再び屋敷に戻り、村雨の個室へと通される。


「ほら」


 座るように促され、漆器製の銚子を渡される。

 村雨の左手には同じく漆器製の盃。お酌をしろということだろう。


「まだ日が昇っていますが」

「もう夕刻だ。じき沈む。それにそちらも騒いでただろうが。だからほれほれ」


 盃をひらひらと揺らし、酒を促す。

 青年は銚子から盃へと酒を注ぐ。

 注がれた酒がぐいっ、と一息に飲み干される。


「ッかぁああ……。美味い」

「それは良かったですね」

「さて、ほら。お前も飲め」


 そう言って村雨は盃を渡し、銚子を受け取る。


「あ、いや、自分は」

「飲め。師匠命令」

「……はい」


 青年は覆面を首元にずらす。

 露わになった顔下半分。左頬はかつて妖魔に噛み千切られた傷跡。それは以前より広がり、辛うじて隔たれていた口左端の肉が裂け、露出された歯と歯茎も合わさり獣のようになっていた。

 普段、仏頂面である青年の表情は左側だけ口角が上がり、笑っているようにも見えてしまう。

 青年は注がれた酒を左側からこぼさぬように首を右に傾げながら飲んだ。


「……強いですね。この酒」

「美味いだろう?」

「ええ、まぁ」


 正直酒は好きでないので味の良し悪しはわからない。

 とりあえず盃を返し、村雨に酒を注いでいく。

 そこでふと、固定して吊られている村雨の右腕を見る。


「ところで師匠。その、右腕は大丈夫ですか?」

「あぁ? 大丈夫に見えるか?」

「いえ、まったく」

「なら聞くな。バカ弟子が」


 フン、と鼻を鳴らし酒をあおる村雨。

 酒を注がせながら話を続ける。


「別に私はお前との稽古で腕が折れたことは気にしておらんし、むしろお前の成長を誇っている。それはわかっているだろう?」

「はい。それは、態度からまぁ……」

「むしろ、物足りんくらいだ」

「何故ですか!?」

「腕一本は手緩い。頭をカチ割るぐらいはやってみろ」

「いや、さすがにそれは」


 そう言いつつも、稽古の時は度々頭を木刀でカチ割られたことを青年は思い出す。

 この人の性格を考えれば冗談でも何でもないのだろう、と思いながら酒を注ぐ。


「まぁ、生活はしばらく不便だ。だからお前、しばらく世話係も務めろよ」

「はい。承知しました」

「それも、生きて帰ればの話だが」

「不穏なこと言いますね」

「成長しているとは思っているし、腕を信用もしている。が、この世に絶対ということはないからな。絶対死なないということも、絶対殺すということも言うは易し、為すは難し」


 酒を飲み干し、銚子も空となる。


「さて、次の酒を持ってこい。あとつまみも」

「わかりました。では少々お待ちください」


 正座から立ち上がり、襖を開ける。

 部屋から見える空はすでに日が落ち、満月が夜空に浮かんでいる。


「お、月が綺麗だな」

「そうですね」

「……よし。弟子、酒はお前の分も持ってこい。月見酒するぞ」

「え? いや、自分は」

「師匠命令」

「……わかりました」


 理不尽な命令にため息をつきながら、青年は台所へと向かった。

 村雨はその背中を実に楽しそうに笑みを浮かべながら、縁側へと足を投げ出し腰を下ろす。

 折れた右腕を一瞥し、また笑みを浮かべる。

 絶対ということはない、と先程は言ったがそれでも弟子のことを心から信頼していた。

 酒とつまみを待ちながら、今後どう鍛錬を行っていこうかを考えていた。



 登場人物の年齢は

 主人公の青年推定19歳

 刀堂村雨37歳

 刀堂虎徹39歳

 刀堂竜雲84歳

 無銘衆頭43歳

 という感じです。

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