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無銘退魔剣風帖  作者: 曼陀羅悪鬼
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第一話 百鬼夜行

 この度は自身の作品を閲覧していただきありがとうございます。

 稚拙な文章でありますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。

 日ノ本(ひのもと)大八洲国(おおやしまのくに)、河内にて。

 人々の生活でにぎわう町は燃えていた。

 逃げ惑う人々の悲鳴、泣き声、断末魔。猛々しく燃え上がる獄炎。木々に家屋が炎をさらに燃え広がらせ、人間すらも多い燃やす。焦げる人肉と血が空気に満ち、その場はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。


 しかしこれは自然的悲劇の災害ではない。これは超常的な大虐殺である。

 獄炎の町には、巨大な100尺ほどの人型の巨大な影が四つん這いで人を追う。それが家を薙ぎ倒し、人を掴みつぶしかみ砕く。

 人の子ほどの大きさの蜘蛛の大群が逃げる人々に糸を吐き出し群がる。動けない人間の手足に噛みつき、そのまま頭蓋を嚙み割り脳髄を貪る。

 巨大な猿は親子を追う。親が転び、子供を逃がせば別な猿が子を捕まえ親の目の前で生きたまま喰う。倒れた親の絶叫が響きながら、親の手足が捥がれる。


 それはまさに魑魅魍魎の跳梁跋扈。

 人ならざる存在、妖魔による大虐殺。

 百鬼夜行による食人、凌辱、暴虐。


 その真っ只中、子供が一人歩いている。

 燃え盛る街の中に、鼻には焼ける人肉と焦げ付く血の臭い、耳には悲鳴と絶叫、泣き声。肌には炎の熱がはりつく、目に映るのはまさに地獄。

 しかし、この子供の表情に苦悶や歪みはない。何もない、無表情のまま瞳に燃え上がる炎を映している。


「何じゃ? 何ぞ童が独りおる?」


 炎を映す瞳に、別な影が映りこむ。

 足元まで伸びた黒髪の女。衣服を何もまとっていない姿で、全身が血に塗れていた。

 その手には頭蓋が一つ。たった今肉を剝がしたように肉片がこべりつき、血に濡れて湿っている。

 とん、と指で頭頂を突き割り、開けた穴から盃のように中身を吞み込んでいく。

 それを見ながらも、子供に恐怖は見えない。


「ふぅん、つまらんのぉ……」


 そう言って女は頭蓋を地面へと叩き割り、子供を持ち上げる。

 表情どころか、眉一つ動かさない子供へと顔を近づけ、すんすんと臭いを嗅ぐ。


「んン~?」


 試しに左頬を舐める。口内に残る血が、舌が絵筆のように子供の頬を赤く染める。

 筆を走らせた紙面のようになった無表情。その様子を女はそれを愉快そうに笑う。


 そしてその左頬に噛みついた。


 人の歯ではない、鋭い獣のような牙が、子供の柔肌を喰い破る。

 ぶちり、といともたやすく千切れた。ごっそりと頬肉を削ぎ、子供の歯と歯茎が剝き出しとなる。

 それでも子供の表情に変化はない。肉の切断面から血液が結露のごとく歯に流れ、破れた皮膚が風に揺れる。それでも痛覚がないかのよう。


 もちゅりもちゅり、と肉が咀嚼される。一噛みするごとに女の目が見開いていく。

 飲み込む。そしてその目は飢えた獣のように子供を見据える。


「ははっ」


 美味い。

 旨い。うまい。美味い。

 たった一口で、この子供の血肉で全て塗り替わる。

 この百鬼夜行とともに目覚め、踊り喰いの状況に心躍った妖魔の心は目の前の子供一人に捉えられた。


――この血肉を食い尽くして、心行くまで骨の髄までしゃぶり尽くしたい。


 凶暴な食欲の一心。そのままに子供の頭を両手で掴み、二口目にいこうと――。


「あ?」


 両腕が落ちた。

 女の両腕が、斬り落とされる。

 持ち上げた子供が落ち、そのまま何者かに抱え上げられ離される。

 

 子供を抱えるのは獣面の黒ずくめの人物。

 犬を模した獣の面頬を被り、頭部も覆う肌を露出していない黒い衣服に身を包んでいる。胴と四肢は軽装の防具を纏い、右手には血の付着した刀が一振り。

 獣面はそのまま走り出す。子供を女――妖魔から引き離すように。


――ぶつりっ


 妖魔が切れた。

 目の前に、手中にあった絶品の獲物。それが横からいきなり搔っ攫われた。

 人の皮の内に秘めた妖獣が、理性に包まれた本能的衝動が、爆ぜる。


「あぁああああああああああああっっ!!」


 絶叫。咆哮。

 爆ぜる本能のまま発せられたそれは、地に響き風を巻き起こす。その勢いに周囲の炎は一瞬に消える。

 斬り落とされ、肘から先を失った腕を振るい身を屈める。骨が軋み、肉が変容していく。人の形をした足が獣の後ろ足のように、肉体が膨張していく。

 そして跳ぶ。人外の膂力からの跳躍に地面が抉れ、音を置き去りに風が吹いた。

 走り出した獣面を追う。一跳び、それで開いた距離はすぐさま縮む。その頭を食いちぎろうと、口を裂けるかのように開き――。


「今だやれ!」

 

 獣面の言葉と同時に、妖魔の左右後方――三方より分銅鎖が勢いよく飛び、獲物を定めた蛇の如く妖魔の身体に巻き付いていく。

 鎖による拘束に妖魔の動きが止められる。

 急停止の反動で、妖魔は体勢を崩す。倒れこみそうなところを両足を大きく開き、踏み込むことで地に転がることはなかった。しかし、鎖はさらに張り詰め、肉体へと食い込んでいく。


「が、ぎぎっ」


 鎖が食い込み、血肉を潰していく。みれば鎖には綴られた退魔の祝詞。それにより込められた真気が妖魔の身体を焦がすように焼いていく。


「ぎ、がぁぁぁぁあああああっ!」


 痛みと怒りに咆哮。さらに肉体は変容し、肥大化していくそれに鎖が食い込み出血していく。

 噴水の如く、吹き出す血。元より貪った人間で施された血化粧がさらに濃くなっていく。


 轟、と大地が揺れる。

 妖魔が鎖の巻き付いた身体を捻り、一足踏み込んだ。

 自身を拘束する退魔の鎖。それを逆に引き寄せた。

 化外の、まさに火事場の馬鹿力に鎖――それを引く者たちも引き寄せられる。

 引き寄せられたのは軽装黒ずくめの三人。仮面をつけていない覆面。

 妖魔の膂力に倒れる三人。鎖での拘束が緩み、その一瞬――駆ける。

 獣面の抱える子供を喰わんと、口を大きく開き――。


「ごぁっ」


 血を吐いた。

 首が裂けた。

 一瞬の見切り。獣面は飛び掛かる妖魔の動きに合わせ、首へと刀を一閃振るった。

 自身での血化粧を深めながら、地へと妖魔が倒れる。

 倒れ伏す妖魔の背へと獣面が刀を突き立てる。


「乾坤一擲」


 その呟きと同時に刀から妖魔へと真気が流れる。

 そして地へと流れ、結界が展開される。その一帯が真気が満ちる。

 鎖がそのまま巻き付いていき妖魔の身体を覆っていく。


「が、ぁあっ」


 妖魔は獣面を睨みつける。明確な殺意、必ず殺すと目が物語り、妖気があふれ出す。

 そして抱えられている子供へと目を向ける。それもまたどこまでも獰猛で――。

 鎖が妖魔の身体を完全に覆いつくし、札を貼る。そうして妖魔は完全に停止した。


「封印、完了」


 ふぅ、と息をつく。抱えている子供を地面へと降ろした。


「おい、坊主。傷、大丈夫か?」

「……」

「……。ほら、これで押さえてろ」


 子供へと布を渡し、止血を促す。

 そこへ覆面の三人が歩み寄る。ちょっと待ってろ、と子供へと話して三人へと近づく。


「村雨さ、ごぼぉっ」


 話しかけてきた覆面の一人の腹部を殴り上げた。


「何鎖を離しているんだ。この阿保どもが」

「も、申し訳ありません……」

「ふん。まぁ、いい。とりあえずこの坊主を安全な場所へ連れていけ。お前たちは一緒に来い」


 獣面はそう言って、殴られなかった覆面二人を連れてその場を離れていった。

 殴られた覆面は腹を摩りながら、子供へ歩み寄る。


「さて、君。ここは危ないから安全な所へ行こう。おいで」


 覆面は子供を抱え上げ、その場から走り離れる。

 子供が燃える街へと目を向ける。未だ燃え続ける街には悲鳴と怒号、百鬼夜行の影が差し、焦げる死臭に満ちていた。





――パチン


 と、小気味よい音が鳴った。


「オイ、起きろ坊主」

「ちょ、村雨様!?」


 子供は炎の中から連れ出され、街から逃げ出した住民たちが集まりに混じっていた。覆面は子供の両親を探していたが見つからず、今の今まで子供を抱きかかえる状態となっていた。当の子供は治療を受け、傷を包帯で覆い眠っていた。


 そして音と、衝撃と痛みに子供は目を覚ました。

 目の前には自身を助けてくれた獣面の武装者。先程よりもところどころ出血や土まみれで汚れ、面頬にも罅が入っている。

 振り抜いた掌を見るところ、左頬があった傷口を叩かれたらしいことを子供は理解した。

 獣面の表情、目を見ると鬱陶しげであり何ら悪く思ってないらしい。


――パンッ


 また叩かれた。しかも左を。


「村雨様!? あなた何してるんですか!?」

「いや、話聞いてなさそうだから」


 覆面が獣面――村雨の行動に子供を抱え離す。

 子供の左頬から血が滲み、覆面が焦り出す。村雨はその様子を面白そう「ははっ」と笑った。


「む、村雨様……さすがにご冗談が」

「黙れ、無銘」

「……っ」

「ふぅん……」


 村雨が子供へと顔を近づける。

 頬肉を食いちぎられ、歯と歯茎が露出するほどの怪我。それだけでも痛みはなかなかであろうし、さらにそこへ張り手。それなのに齢5歳ほどに見える子供は泣きもせず、痛みに声も上げず、表情を歪めてすらもいない。

 そもそも、あんな百鬼夜行の真っ只中にいて、逃げ惑うこともせず妖魔に抱えられていたこと自体がおかしいのだが。


「坊主、お前痛くないのか?」

「……」


 村雨の問いに子供は首を横に振る。


「痛いのか。ところで親は?」

「……いない」

「名前は?」

「わからない」


 身元不明。そうか、と村雨は一息つき――。


「よし、坊主。お前、刀堂家に来い」

「はっ? 村雨様?」

「おい、お前。坊主の面倒見ろ」

「はいぃっ!?」


 覆面の素っ頓狂な声を無視して、子供へと話を続ける。


「さて、坊主。お前は今から刀堂家の末端として迎え入れてやる。

 これからお前には鍛錬が待っている。そこで血を吐き、肉が裂け、骨を砕くだろう。最悪死ぬかもしれない。

 死なずとも、そこの覆面みたいにお前は何者にもなれず、銘もなく終わるかもしれない。

 それが嫌なら、生きて銘在りになることだ」

「……わかった」


 子供の返答に村雨はフッと笑う。

 面頬と頭巾を外す。肩を超える長さの黒髪が解放されあらわとなる。

 燃える街の炎により、赤く染まる空の下でも淡く碧く艶があり、絹の織物のようにそれが首に巻かれている。

 子供の前には獣のような鋭い、獰猛な目つきをした女性――村雨が怪我をしていない子供の右頬を軽く摘まんで微笑む。


「死ななかったら、弟子にしてやる」


 村雨はそう言って、その場を離れる。

 面倒を任された覆面は子供を抱えたまま、彼女の後についていく。

 そして三人は他の刀堂家の者たちと合流して帰路へつく。子供を抱える覆面と同様の格好をしたものが十数名、村雨のように面頬に固有の武具を所持している者が数名。

 その中で、覆面に抱えられた子供は遠のいていく燃える街を眺めていた。

 街の炎は猛り、未だ人の悲鳴が聞こえてくるよう。

 しかし刀堂家の者は皆、撤退している。人命は重要でなく、他の目的があるように。

 子供は幼いながらに、己の進むこととなった道がどのようなものか、ふと懸念するのであった。






 第一話をお読みいただきありがとうございます。

 遅筆でありますが、完結まで書き続けていきたいと思っています。

 続きを楽しみに待っていただければ、嬉しく思います。

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