28:ハンマーおじさんー④
「なんかなあ、ミオカさんがハンマーおじさんだってのは、つまんねえよな」
直人が、誰ともなしに呟いた。
「誰も、そうだと言った覚えはねえよ」
ミオカさんが、シケモクを黄ばんだ陶器製の灰皿に押しつけ、うしろにある、竹竿で適当に作られたギター掛けから、ギターを取り、音程の狂った音色をかき鳴らして、どうだと言わんばかりに、前歯の一本抜けた口をニンマリと歪めた。
「やっぱさ、都市伝説なんて、当てにならないみたいだね」
「おいおい、フトッチョボウイ、それはまちがってるぜ」
耳を疑うほどのダサいあだ名をつけられた慎吾は、ミオカさんが商店街で唄っている耳障りな曲の詞もまたセンスのかけらもないものだったことを思い出した。
「オトナなのに、都市伝説なんて信じてるんですか?」
「大人もクソもねえよフトッチョボウイ。いいかい、これからいいこと言うから、ちゃんと聞けよ。なんで都市伝説やなんかがあるかというとだな、人間の心が弱くて、そして強いからさ。分かるか?」
「分かんねえよ」
「お、なんだハンサムボウイ、反論するのか、このおれに?」
「ぼ、ぼくも分からないんですけど」
「これだからガキはファックだな。単純なことじゃないかよ。いいか、人がよ、意味の分からない現象に遭遇したらな、それをそのまま放置しておくのが、たまらなく不安になるんだよ。だから人間はそういう噂話、都市伝説を作るんだな。つまり意味づけだ。心がモヤモヤとしたままじゃあ、人間てのは生きていけないもんなんだよ。ここまでは分かるか?」
「は、はい」
「だけどさ、ミオカさん、心が弱くて強いって言ってただろ。どういう意味だよ、後半は?」
「だからまだ話は終わってねえよ。それにしてもハンサムボウイは顔が整ってるのー。お前、女にモテるだろ。おれがテーマ曲を作ってやろうか?」
「いいから話を進めろよ。テーマ曲とかいらないし」
「そうか、もったいないな。おれは気に入った少年にしか曲を作ってやらないんだぜ。まあいいや、あっと、なんだっけ、ああ、そうそう、心が弱いのに心が強いとはこれいかに、だったな。心が弱いからそういう怪談話めいたものができて、みんながそれを心で強く信じることによって、その怪物やら現象やらが本当のことになるわけだな、分かるか?」
「だから、分かんねえよ」
「そうか、まだ分かんないのかよ、チキショウめ。いいか、妖怪っているだろう。あいつらのそもそもってのもな、実のところは、その当時の奴らが解明できない謎とかそういうものに意味づけをしたものなんだな。そしてそれを、当時のチョンマゲ生やしたような奴らが信じたわけよ。一人が信じてもあまり意味はないが、大勢の人間が信じることで、それは現実の世界に生まれ落ちるわけよ」
「バッカじゃねえの。それじゃあさ、河童とか塗り壁とかの妖怪は、みんなが信じたから本当にどっかに存在するようになったってことになるわけ?」
「そうだ、分かってるじゃねえか、ハンサムボウイ」
「だからそのハンサムボウイってのやめろよ。ミオカさんが言いたいことは分かったけどさ、そんな話は信じられないな。だって河童とか見たことないもん」
「まあ、それはあれだな、河童を信じる人間の絶対数が減ってるってことだな。人が強く信じてるっていう事実が、そういう奴らの糧になってるんだろうよ。だから昔はいたが、今はもういないってことだな。おれの研究によるとだな、大体、少なくとも二十年以上、言い伝えられるような都市伝説とか怪談話ってのは、この世のどこかで必ず現実のものになってるんだぜ」
「なんの研究だよ。じゃあさ、あの神社にある『失恋大樹』のハナシもさ、昔からあるらしいから本当のことになってるわけ?」
「まあ、どれくらいの人間がそのハナシを信じてるかにもよるが、本当の可能性はあるわな」
「なんかメチャクチャだなあ、ミオカさんの話。まあ、面白かったけど」
「人の信じる心をおれは信じてる。だから昨日も今日も明日も、歌い続けるんだよ、おれは」
「あの下手くそな歌を?」
「うるせえな、あれでも誰かの心には届いてるんだよ、なあ、フトッチョボウイ」
「え、あ、はい」
いつの日にか聴いた曲の歌詞を思い出そうとしたが、それは徒労に終わった。




