2:『妖怪博士 目羅博士』ー②
「チャー、ギリギリセーフ」
お決まりの台詞を吐いて笑う直人を無視して、自分の席へ向かうと、
「おはよう、チャー」
と、紀子にいつものように微笑みかけられた。
慎吾は、もちろんのこと、目を合わせることもできずに挨拶を返した。
紀子は、成績もよくてスポーツ万能、性格も容姿も申し分のない学級委員で、全身コンプレックスの慎吾が、気軽に言葉を交わせるような相手ではないのだ。
実際、紀子のことが好きなヤツはたくさんいる。
下手に親しげにしゃべって無闇にそんな連中を刺激するわけにはいかない。
だから挨拶ですら本当はしてほしくないのに、紀子はそれを知ってか知らずか、毎朝のように声をかけてくる。
「もうぼくに挨拶はしないで」と言えたらどんなにか楽か。だがそんなことを紀子に言える度胸があるのならば、そもそも挨拶をされることなんて、気にもかけないのだろう。
席に着くと、うしろの学が、
「昨日の『妖怪博士 目羅博士』読んだか?」
と、意気揚々と話しかけてきた。
「うん、読んだよ」
「昨日のは面白かったよな、まさか目羅博士がミスターヌラリの子どもだったなんて思わなかった」
「そうだよね、ぼくもビックリしちゃったよ。でもあの展開は、かなり強引だよね。だってさ、目羅博士が妖怪だったら、今までの戦いがなんだったのか分からなくならない?」
「そうかな、おれよく分かんないや」
学が首をポキポキと鳴らしながらこたえると、慎吾のとなりの席から、クスリと笑い声が聞こえ、見ると、山下奈緒子が声を押し殺して笑っていた。
「えっと、山下さん、『妖怪博士 目羅博士』読んでんの?」
ここぞとばかりに学が山下奈緒子に話しかけた。
「うん、わたしも読んでる」
体を慎吾たちのほうへ向けて笑う、今日も白いワンピースを着た山下奈緒子からは、よく分からない、甘やかな香りが漂っていた。それに鼻を心地よくくすぐられながら、「ああ、今日も授業に集中できないな」と、慎吾は思う。
「意外だな、女子で読んでる人がいるなんて」
わざとらしく驚いた学を見て、山下奈緒子が微笑んだ。
「わたし、ああいう、妖怪とか都市伝説とかに興味あるから。ほら、この時計も目羅博士のなんだよ」
山下奈緒子が長袖をまくって、淡雪のような肌に巻きつけた腕時計を見せてきた。文字盤に目羅博士がプリントされたその腕時計は、一昨年の夏に限定発売されたヤツで、慎吾も学も、ノドから手が出るほど欲しくて仕方がなかったものだった。




