26:推理ー①
直人とキャッチボールをしながら、慎吾は、いつまで経っても上手くならない自分にほとほと嫌気がさしていた。十回投げて三回は直人のグローブに届くのだが、それでもスパルタ教育から卒業させてもらえない。
「ちょっと休憩しようよ」
「そんなことじゃさ、奈緒子が来るまでに、ぜんぜん上手くなれないぞ」
それを言われると、少しつらいものもあるけれど、奈緒子にいいところを見せるためだけにキャッチボールの練習をしているわけではない。ただ単純に人並みにキャッチボールができるようになりたいという男のプライドがその動機だ。
きっと、絶対にそうだ。
奈緒子が来なくなってから、二日が経った八月十七日。
やはり奈緒子がいないと、心に風穴が空いたかのような漠然とした虚しさがあった。
二人に、奈緒子はしばらく来られないらしいと告げると、ワチコが不安げに自分のせいかとしきりにたずねてきた。そんなことはなくて家の事情だと説明すればするほど、ワチコの耳にはその言葉が当たり障りのない言葉に聞こえるようで、納得のいかないという顔を作って、普段からは想像もつかないほどしおらしくなっていた。
そして今日はまだ、ワチコも病院に姿を現していなかった。
「なあ、今日はワチコも来ないのかな?」
おなじことを考えていたらしい直人が、ボールとともに言葉を投げてきた。
「うーん、どうだろうね。ワチコ、かなり落ち込んでたし」
ボールと言葉を返す慎吾。
ボールはいつものように的外れな場所へと飛んでいった。
「まあ、来ても、奈緒子いないんだから意味ないけど」
「うん。二人にはまた仲良くなってほしいけどね」
「大丈夫だろ。どっちが悪いってわけでもないし」
「そうだけど」
ボールをキャッチした慎吾は、そのまま直人のもとまで歩み寄って、
「ねえ、ホントにちょっと休憩しようよ」
と、汗だくの顔で懇願した。
なんとか懇願を受け入れてもらい、直人とともに207号室に戻ると、夏バテ気味の五匹の犬たちが思い思いに床の上にのびていた。
ベッドに笑顔で鎮座するクマのぬいぐるみを枕代わりにして、直人が寝転ぶ。
「あー、なんかこれ、丁度いいな」
「大丈夫? ワチコに怒られちゃうよ」
「いいんだよ、おれが取ってやったんだし、それに忘れたとき、取りに戻ったのもおれなんだぜ」
「そういえばあの時、直人が戻ってくるのが遅かったってワチコが怒ってたなあ」
言外に、あの場から逃げ出した直人を責めながら呟くと、
「だって、あのときは大変だったんだぜ」
と、渋面を作って直人が反論した。
「なにがさ?」
「取りに行って神社を出ようとしたらさ、なんでか知らないけど紀子たちが入り口の、えーと、そう、鳥居のところにいてさ、このクマ持ってるのをつっこまれてたんだよ」
「へえ」
その話を鵜呑みにする気にはなれなかった。紀子たちにつかまったのをこれ幸いと、あの気まずい雰囲気の処理を、自分にだけさせようとしたにちがいない、と慎吾は思っていた。直人はそういうヤツだ。逃げるための言い訳を作る能力に長けているのだ。
「へえ、って。なんだよそれ信じてないのかよ?」
「そ、そういう意味じゃないよ」
そしてすぐに言葉の違和感に気づく、頭の回転の良さ。勝てる気がしない。




