25:彫られた名前ー➁
「な、直人、まさか犯人分かったの?」
「まあね。100%だとは言えないけど。でも女じゃないよ、たぶん」
「なんで分かるんだよ」
「あのー」
「雨が降ってただろ、今日。でさ、ここの地面が濡れてるじゃ」
「あの! わたしだけ話に入れないんですけど!」
今まで黙って聞いていた奈緒子が、ついに腹を立てて怒鳴り声を上げ、その怒りに震えたビニール袋の中の十匹の金魚たちが、いっせいに揺れた。
「あ、ごめん」
ワチコがバツの悪そうな顔をして謝った。
「セト君って子が学校に来なくなって、それがこの樹に名前を書かれたせいだってワチコちゃんが言いたいってことは分かった。だけど、この都市伝説ってさ、憎しみが大きければ大きいほど罰も大きくなるんじゃなかったっけ? ワチコちゃん」
「うん、そうだよ」
「じゃあさ、セト君の名前を書いた人は、憎しみが大きかったから、なんかすごいことが起きて、セト君は学校に来なくなっちゃったってことでしょ?」
「うん」
「でもさ、セト君の名前を書いた人と、直人君の名前を書いた人がおなじってなんで分かるの? 誰かが軽い気持ちで書いただけかもしれないし、罰もそんな重くないかもしれないよ」
「うん、でも」
「でも、じゃなくてさ。こんなのインチキに決まってるよ!」
なぜかとても怒り心頭の奈緒子が、矢継ぎ早にワチコを攻め立てていく。
「な、奈緒子、なに怒ってるの?」
たまらず割って入ると、鬼の形相の奈緒子に睨みつけられた。
「みんな、さっきからどうでもいいことばっかりしゃべってて、縁日ぜんぜん楽しもうと思ってないじゃん。それがイライラするの!」
慎吾から目を逸らして誰ともなしに怒鳴った奈緒子が、そのこぼれ落ちた感情を探すように、ぬかるむ地べたに視線を落とした。
「ナオちゃん、あの、ごめんね」
すでに鼻声のワチコが涙目で奈緒子に謝った。
あまりの気まずい空気に慎吾は耐えきれなくなって、横に佇む直人を見やった。直人は相変わらずなにを考えてるのか分からない表情で、その状況を眺めていた。
「……泣かないでよ、わたしが悪いみたいになっちゃうじゃん」
奈緒子がワチコと目も合わせずに言って、慎吾にその視線を走らせた。
完全に、この状況をどうにかしろと言っているのが顔に表れている。
「……帰ろうぜ。なんかもう、縁日とかどうでもいいや」
ぶっきらぼうに言う直人。その言葉には、心底ウンザリといった苛つきがうかがえた。
一人、この状況に取り残された慎吾はもうどうしていいのかも分からなくてそっと夜空を見上げた。
「ねえ、チャーはどうしたいの?」
「え、ぼく?」
なにも言わない慎吾に、奈緒子が怒りの矛先を変えた。
「えっと、じゃあ、帰る?」
その言葉に、あからさまな落胆の色を顔に浮かべる奈緒子。
「そっか……じゃあ、帰ろう。わたしもイヤになっちゃった、ぜんぶ」
沈む奈緒子に、黙ってうなずくことしかできなかった。




