24:縁日ー③
「来んなよ。一人でいいよ」
「クマのお礼は?」
「……分かったよ。じゃあ、ナオちゃんとデブは金魚すくいに行ってきなよ」
「え、あ、うん」
同伴を暗に拒むワチコに気圧された慎吾は、奈緒子を横目で窺った。
「……もういい、分かった。行こ、チャー」
「う、うん」
縁日に乗り気でない二人に半ば呆れながら奈緒子は参道を戻っていった。
「いいの? 二人ともそれで」
楽しいはずの縁日をイヤな気分で過ごしたくなくて、慎吾は勇気を振り絞った。
「すぐ行くから。ごめん、ナオちゃんに謝ってて」
「いいじゃんべつに。すぐ戻るんだろ」
「ぼく、もう行くからね。あとでちゃんと奈緒子に謝ってよ」
「うん」
明らかに気落ちするワチコが少し心配だったが、奈緒子を一人にするとその怒りの炎にますます油を注ぐことになると思い、慎吾は人混みの中に消えた奈緒子を追った。
◆◆◆
「あれ、チャーじゃん」
辺りを見渡しながら歩いていると、知った声に呼び止められた。
「お前、ひとりで来たの?」
声のした方を見ると、三匹の金魚が気持ちよさそうに泳ぐビニール袋を腕に提げた学が立っていた。その横には、となりのクラスの西川努と河瀬徹の姿も。
「ううん、ちがうよ……直人とかと一緒。はぐれちゃったけど」
「あー、はいはい、そっか」
「き、金魚すくいの屋台ってどこにあるの?」
「真ん中のとこ」
「あ、ありがとう」
「それよりさ、たまにはおれたちとも遊ぼうぜ」
「うん、また今度ね」
「あ、そういえば次郎って見なかった?」
「次郎? 見てないけど」
「そっか、アイツどっか行っちゃってさ」
「ふーん」
「見つけたら、おれらが捜してたって言っといて」
「うん」
「じゃ」
「うん」
奈緒子の名を出せなかった気まずさから解放された慎吾は、すぐに金魚すくいの屋台へと向かった。
やっとのことでたどり着くと、大きな水色のプラスチックの水槽の前で、浴衣姿の紀子と吉乃と清実、それに加えて奈緒子が、横並びにしゃがんで金魚すくいをしていた。
その光景に足が竦む。
この中に割り込んでいく勇気なんて、慎吾のノミの心臓には標準装備されていない。
四人のうしろ姿を見ながら、まだバレぬうちに逃げようと一歩下がると、不意に棒のようなものにふくらはぎを突かれ、ヒヤリとするそれに仰天した慎吾は、無様に尻もちをついた。
「アッハ! またビビった!」
笑い声に振り向くと、次郎が笑いながら見下ろしていた。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
「だって、そんなにビビると思わないもん」
なおも笑いながら次郎が言って、その声に紀子が振り向いた。
「チャー、どうしたの?」
言わなくてもいいのに名前をみんなに聞こえるように言って笑いながら立ち上がり、手を差し伸べる紀子。その優しさがいつも心を傷つける。その柔らかい手を掴んで立ち上がり、目も合わすこともできずに慎吾は礼を言った。
「大丈夫?」
「うん」
「あ、おしり濡れてるじゃん。もう、次郎ってばなんでこんなことするの?」
「べつに関係ないだろ。怒ってばっかだな、お前」
言いとがめる紀子に、次郎が噛みついた。
次郎は、紀子にいつもこんな反抗的な態度を取る。一緒に帰っていたころ紀子のことばかりをしゃべるものだから、てっきり次郎は紀子のことが好きなんだろうと一人合点していた慎吾は、こういうことがあるたびにワケが分からなくなった。
二人の言い争いの原因が自分であることに居住まいの悪さを感じて、なんとはなしに奈緒子を見ると、奈緒子はその二人の様子を楽しげに見つめていた。
「あ、あのさ、学たちが次郎のこと捜してたよ」
「え、ホントに? どこにいた?」
「もっと奥の方にいたよ」
「じゃあ、おれ行くわ」
「ちょっと、まだ話終わってないよ」
「うるせえなあ」
眉間にシワを寄せて、次郎は逃げるように去っていった。




