23:相合い傘ー➁
「ねえ、もう帰ろうよ。また縁日で会えるんだし。あ、ほら、雨が降ってきたよ」
いつの間にか、土埃で曇る窓ガラスに雨のしずくが幾筋も流れていた。
「……分かった。たまにはチャーの言うことも聞いてあげなきゃね。カサ持ってる?」
「あ、忘れた」
「じゃあ、途中まで一緒に入ってっていいよ」
黄色いカサが勢いよく開き、カサに隠れる奈緒子の白い脚だけが揺れた。
「う、うん」
憧れの相合い傘に心を躍らせているのを奈緒子に悟られぬよう腐心しながら、慎吾はぎこちなく立ち上がった。
「なんか、ロボットみたいな動きになってるよ」
「え、あ、うん、ごめん」
「はい、ダメー」
「え?」
「ごめんって言った。罰としてチャーがカサ持ってね」
カサを突き出して、微笑む奈緒子。
◆◆◆
玄関を出ると、さっきまで小降りだった雨がすっかり大粒の雨に変わっていた。
響く雨音が、心地良かった。
「じゃ、行こう」
「うん」
結局、きょうもも言いなりだなと思いながら、奈緒子に寄せてカサを差して、外へと出た。
「……わたしさ、縁日って久しぶりなんだ」
しばらく無言で歩いていると、その空気に耐えきれなくなったのか、奈緒子がとつぜん口を開いた。
「そうなの?」
「うん。だってほら、行けないじゃん。色々とあるし」
「……あ、奈緒子ってさ、金魚すくいとか得意そうだよね」
「勝負する?」
「えー、ぼく金魚すくいとかニガテー」
「なんか賭けようよ。負けたほうが、一コなんでも命令を聞くの」
「分かった。ワチコと直人も一緒にね」
「ダメ、それだとつまんないじゃん。二人だけの賭けってことにしよ。ワチコちゃんたちにはナイショね」
「あ、うん。でもそれでいいの?」
「《《それが》》いいの」
慎吾を見ずに、奈緒子が応えた。
◆◆◆
商店街の前まで来て奈緒子にカサを返した慎吾は、自分の左肩がずぶ濡れになっているのに気づいた。
「はい」
奈緒子がリュックからハンドタオルを取りだして慎吾に手渡した。
「あ、ありがとう」
「返すのいつでもいいから。やんだらいいね、雨」
「うん」
二、三度手を振った奈緒子が、雨だというのに昼時で賑わう雑踏の中へと消えた。
久しぶりに奈緒子と長くしゃべったことにはたと気づいた慎吾は、ほのかにバラの香りのするハンドタオルで肩を拭きながら、口元が緩むのを抑えることができなかった。
「チャー!」
大声とともに、棒のような物で突然ふくらはぎを突かれ、
「ひっ!」
と、慎吾は情けない声を上げた。
「ビビんなよ、それくらいのことで」
恥ずかしさに頬を赤らめながら振り向くと、そこに松葉杖をついた次郎が立っていた。
「あ、ひ、久しぶり」
「久しぶり、じゃねえよ、チャーって、最近つきあい悪いよな」
「あ、ごめ……そ、そう?」
「そうだよ。学とか心配してるよ。お前、さいきん山下さんだけじゃなくってワチコとか直人とかとも遊んでるんだろ?」
「う、うん。みんな知ってるの?」
「うん、まあ、紀子が塾でみんなにしゃべってたからな」
「これから、塾?」
「うん。夏期講習は今日で終わりだけどな」
「ふうん」
「興味なさそうだなあ」
次郎が笑い、左足のギプスで慎吾を蹴る真似をした。
「じゃ、また。おれ明日からいつも学んチにいるからたまにはこっちにも来いよな」
「うん、分かった」
「じゃ」
すっかり松葉杖で歩くことに慣れた様子で、次郎も人の波の中に消えた。
慎吾は、奈緒子との相合い傘を次郎に見られたのではないかと、気が気でなかった。




