22:夜遊びー④
「あ……」
思わず奈緒子の口から、戸惑いの声が漏れ出た。
「おい、あれ純平じゃねえか?」
ワチコが小声で慎吾に耳打ちする。
「う、うん」
「なにやってんだ、アイツ?」
直人が自分たちのことを棚に上げて舌打ちをした。このままではバレてしまう。いくら真に迫る演技をしていても、クラスメイトにそれは通じない。
顔がバレている。
奈緒子の顔を覚えていない男子なんているはずがないのだ。
「もしかして山下さん?」
「あ、うん、えーっと……」
言葉に窮した奈緒子が、明らかに助けを求める顔で視線をうしろに走らせた。
「なにやってるのこんなところで?」
「うん……なに、っていうか……その……」
「一人ってワケじゃないよねそこに誰か隠れてるんでしょ? チャーとか」
自分のあだ名を呼ばれ、慎吾の口からお決まりの困りゲップが出た。
「……やっぱりいるんだ」
直人に肩を小突かれて見やると、顎をクイクイと動かして無言のうちに「出て行け」と命令していた。となりのワチコも、意地の悪い笑顔で慎吾を見ている。
「……分かったよ」
観念し、それでも納得のいかない態度を取りながら奈緒子のとなりに並ぶと、うしろの裾をそっと掴まれた。
だけど、そんなこと、いまはどうでもよかった。
「なにやってんのこんなとこで?」
メガネをわざとらしく上げながら、純平が威圧的な態度で睨みつけてきた。
「えっと、その……あ、そうそう、自由研究」
「なんの?」
「オバケの格好で、人がどんくらいビビるのかっていう……」
「それ面白いの?」
「うん、まあ」
「マジでお前らってヒマなんだな。紀子が塾で言ってたよ直人とかワチコも一緒になって遊んでたって」
「二人は、か、関係ないじゃん」
「どうせうしろに隠れてるんだろ?」
「い、いないよ。二人だけだよ」
「ふうん、べつにいいけど興味ないし」
思わず、「興味ないんだったらもう行ってよ」と言いかけた慎吾は、純平の左手にどっしりと鎮座する分厚い参考書に気づき、すぐにその言葉を飲み込んだ。奈緒子の手に力が入り、Tシャツがうしろに引っ張られ、襟が喉元に食い込んで息が苦しかった。
「鈴木君さ、こんな時間まで塾にいたの?」
「……うん、おれ頭が悪いからね」
奈緒子の言葉を悪意と受け取った純平が、イヤミに口の端を上げた。
「純平さ、このことみんなには内緒にしててくれる?」
「最初から言う気なんてないよ」
「ありがと、鈴木君」
「あ、うんいいよべつにお礼なんて」
奈緒子に微笑みかけられた純平が、うつむいて小声で呟いた。
「じゃあもう行くからさ」
意外にもすんなりと納得した純平は、目もくれずに去っていった。そのうしろ姿が曲がり角を右に折れて見えなくなってから、慎吾はようやく安堵した。
「ああ、危なかったね。ありがとう、さすがチャー」
すべててをチャラにしてしまいそうな笑顔を向けてくる奈緒子に、
「よ、良かったじゃないよ。だからもうやめた方がいいって言ったじゃん」
と、胸の早鐘を悟られないよう、なんとか抗弁することしかできないのが惨めだった。
「でも純平もすごいな、こんな時間まで勉強してるんだもんな。おれには無理だよ」
背後の暗闇に隠れていた二人も、姿を現して笑った。
「もう、なんかぼくだけ損したみたいになってるんだけど」
「ナオちゃん、どうでもいいけど手、離した方がいいよ。首に食い込んでるぜ」
「あ、ごめん」
「頼られてるなあ、うらやましいなあ」
いつものようにからかう直人の横で、楽になった首をさすりながら、これもまた奈緒子の楽しい思い出の一つになればいいな、と慎吾は思った。
切れた雲間から射す柔らかな月の光が、なぜか心地よかった。




