21:かけがえのない存在ー③
「あたし、クモが好きでーす」
ワチコがその質問におどけて答えた。
三人が笑う。
慎吾も笑おうとしたが、どうしても笑えなかった。
この、たまに取り残される感じが、本当にイヤになる。
「ああ、でもさ、なんか暗いとこにいればけっこう怖く見えるよな」
けっこうなんてものじゃない、と思いながら、直人に頷くことしかできなかった。
「じゃあ、どうする? 今日からやる?」
薄闇の中の女が微笑んだ。
「うん。そうだな。でも夜からじゃないとできないよな。おれは家を抜け出せるけど」
「あたしも、たぶん大丈夫だな」
「ぼ、ぼくは」
「まさか来ないわけないよね?」
奈緒子の久々の有無を言わせぬ言葉に、当然のように大きなゲップが出た。
「困りゲップしないでよ。わたしが強制してるみたいじゃん」
いつの間にか定着してしまった《困りゲップ》を非難する奈緒子。
「うん、大丈夫だと思う……」
「ほら、わたしずっと前に教えてあげたじゃん、部屋を抜け出す方法」
慎吾は、だいぶ前に奈緒子から教えてもらったその方法を思い浮かべて、成功する確率の低さを心中で嘆いた。
「敷き布団の上に丸めた毛布かなにかで人型を作り、掛け布団を被せて家人の目をごまかす」なんて方法がバレずにすむわけがない。
奈緒子のような特殊な家庭環境ならばそれも容易いのかもしれないけれど、慎吾の、あの厳しい両親が、そんな三文小説でも使わないような稚拙なトリックに騙されるとはとてもじゃないが思えない。
だがどちらが怖いかが問題だ。
両親からの痛みをともなう叱責か、この三人からの罵倒の嵐か。
無論のこと後者だ。
いくら叱られようが、両親との血のつながりは無くならない。だが、友情はすぐに切れてしまうクモの糸。「友情は儚い陽炎のようなものなのかもしれない。だがそれでもオレはキミを信じるよ」と目羅博士は言っていたけれど、そんなカッコイイ言葉を信じる余裕なんてない。それに、結局その台詞のあった回で、目羅博士は友人だと信じていたトオノ君に裏切られたし、やっぱり友だちがいなくなるのは寂しい。
「……分かった。なんとかしてみるよ」
「やった! チャーがいないとつまんないもんね」
慎吾の気持ちを知ってか知らずか、安堵した奈緒子がホッと息を漏らした。
その永遠に見ていても飽きない笑顔を見ながら、自分と同じように奈緒子もまた宮瀨慎吾をかけがえのない存在として見てくれているようで、それだけが救いだった。




