20:古傷ー③
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「あのときさ、あたし、なんであんなに怒ったのか自分でもよく分からないんだよ」
古傷をさすりながら呟くワチコ。
「セト君がバカにされたのがイヤだったんじゃないの?」
「そうかな、分かんねえや。あのときにもう好きだったのかな?」
「それは……分からないけど。ぼくはワチコじゃないから」
純平に噛みついて額につけられた古傷が、かゆみ出していた。たぶんワチコはあのときの自分と、おんなじ気持ちだったんだろう。
だがそのことをワチコには黙っていようと思い、慎吾は額の古傷を掻いた。
「でもマサツグのことが好きだって気づいたのは、もっともっと、あとだったんだよ」
「いつ?」
「小五の三学期」
「けっこう最近じゃん」
「あの時さ、マサツグって塾に行きだしただろ。純平とか紀子とかと同じとこ」
「セト君、アタマよかったからね」
「そんで、それから紀子と急に仲良くなっちゃってさ。あんまり話せなくなったんだよ」
「うん。ぼくもそう」
「それがなんかムカついてさ。なんでこんなにムカつくのか、考えてたんだよずっと」
「うん」
「そんで気づいたんだよ、あたしはマサツグのことが好きなんだってさ」
「へえ、それでどうしたの?」
「どうもしねえよ、紀子には勝てないからな」
「でも、聞いたの?」
「なにを?」
「セト君にさ、その……紀子のこと好きなのかって」
「聞けるわけねえじゃんバカ。それに聞かなくても見てたら分かるし」
ワチコが、哀しく笑った。
「そ、そう?」
「そうだよ。デブはバカだから分かんなかったかもしれないけどみんな分かってたよ」
それを聞きながら、「本当にそうだろうか?」と慎吾は思う。てっきり紀子は直人のことが好きなんだろうなと思っていたから。
でも本当のところは分からない。鈍感な自分にはみんなの心の揺らぎを察することなんてできやしないのだ、と慎吾は思う。
「そんでさ、これはデブに言っとかなきゃいけないと思うんだけど、神社の」
「あ、サボってる!」
とつぜん現れた奈緒子が、二人を見とがめて眉間にシワを寄せた。
「あ、ごめん」
「なに話してたの?」
「い、言えないよ」
チラリとワチコを見ると、おかしそうに笑いを押し殺していた。
「言えないって……どうせわたしの悪口でしょ!」
「ち、ちがうよ。ていうか、なんで戻ってくるんだよ」
「忘れ物したの!」
奈緒子が怒り出した理由が、まったく分からなかった。
ベッドに転がるハサミを取り、慎吾を一睨みして、奈緒子はまた屋上に戻っていった。
「なんだよ、意味が分かんないよ…… で、なに?」
「ああ、もういいや。デブは関係ないからな。さっきの話もぜんぶ忘れろよ」
ワチコがいつもの最凶の笑顔を見せた。
「なんだよそれ?」
慎吾には、奈緒子とワチコの心がまるで分からなかった。




