20:古傷ー①
直人が持ってきた、美容師が練習用に使う首だけのマネキンが、イヤに不気味で、慎吾は少し身震いした。
その横にはワチコと奈緒子が買ってきた、小ぶりの包丁と白いワンピース。
ベッドに並べられたそれらの物が、なぜか宝物みたいに思えた。
「チャーは、ちゃんと持ってきたのかよ?」
「う、うん。赤の絵の具だけ、五本も買ってきたよ」
慎吾は、自身の青いリュックサックから、水彩画用の太筆と水を入れる黄色いバケツ、それに小遣いをはたいて買ってきた赤色の絵の具を取りだして、ワンピースの横に並べた。
八月十一日。快晴。縁日まであと四日。
「じゃあ、さっそく作ろうぜ」
「う、うん」
とは言っても、実際の作業はワンピースへの色つけと、首だけのマネキンをナマクビのように細工することだけ。
ジャンケンでグループを決め、ワチコが慎吾とペアになった。
水を入れてきたペットボトルをリュックから取りだしてバケツに注ぐ慎吾に、
「じゃあ、一緒にやってても面白くないからさ、おれと奈緒子は屋上でやるわ」
と、いろいろな工作道具を胸に抱えた直人が言った。
「え、屋上って行けるの?」
「行けるよ。この前ワチコと一緒に探検してて行ったもん」
「ふうん」
「デブ、ナオちゃんがいなくなるのがイヤなんだろ?」
「そ、そんなことないよ。やめてよ」
「じゃあ、行こっか。完成したら見せるからね。チャーとワチコちゃんも頑張って」
胸に首だけのマネキンを抱えた奈緒子が、慎吾の気も知らずに微笑んだ。その姿がまるで未完成のバラバラ女に見えて、ふと背筋をヒヤリとしたものが撫でた。
「……あーあ、デブと一緒だとつまんねえよ」
「なんだよそれ、屋上に行きたいんならそうすればいいじゃん」
「……なんだよ、怒ったのか?」
「べつに怒ってないよ。ワチコの悪口には慣れてるから」
水気を極端に少なくした赤の絵の具を、敷かれた新聞紙の上に置いたワンピースに塗りながら、慎吾はワチコに言った。
今日は風もなくて、いつもなら涼しい207号室がとても不快だった。
「……デブさ、マサツグともう会ってないのか?」
「な、なに言ってんだよ、急に」
唐突にワチコの口から出た瀬戸正次の名前が、胸を抉る。
「マサツグ。会ってないの?」
「会ってないよ、会えるわけないじゃん」
「そっか」
ワチコがマットに座り、足を放り投げてつまらなそうに天井を仰いだ。
「……セト君のこと、気になるの?」
「うん、まあね。好きだったから」
信じがたいワチコの告白に、手がすべって筆をバケツの中に落としてしまい、撥ねた水がズボンに赤いシミを作った。
「あ、う、うん、す、好きだったんだ」
こんな話題に不慣れな慎吾は、平気でそんなことを言えるワチコに驚いて、上手い返しができなかった。
「この傷さ、覚えてるだろ?」
ワチコが、右のふくらはぎの古傷を慎吾に向けた。
それを見て、あの日の雨の臭いが鼻をくすぐった。




