18:のいず川のドクロネズミー①
淀んだ川面を眺めながら、慎吾は、ため息を吐いた。
臭い。
こんなどぶ川を見つめていても、なにも起こらないのは分かりきっている。それなのに、横の奈緒子や直人やワチコは、転落防止の若草色の手すりから身を乗り出して、真剣にドクロネズミを探している。
自分よりもアタマの良い三人のその行動に、慎吾は笑いをこらえきれなくて、思わず吹き出した。
「なんだよ、なにがおかしいんだよデブ」
「みんなマジメに見てるのが、ちょっとおかしくて。ワチコなんて、口が開いてたよ」
お決まりの肩パンをうけて、肩が今日もジンジン痛む。
だがそれすらもおかしかった。
「やっぱいないのかなあ」
意気消沈とした奈緒子が、手すりから離れ、手についた土埃を払った。
その横の直人は、まだ諦めずに川面を眺めている。
「でもさ、川の中にいるっていうか、河原とかにいると思うんだけど」
「そこってここからけっこう歩くんでしょ?」
「うん、まあそうだけど」
「……あ、ほらあれドクロネズミ!」
直人が指さす先に、黒い影が浮いていた。川面をたゆたいながら流れてくるそれは、生きているものにはとても見えなかった。ちょうど眼下に来たときによくよく見てみると、果たしてそれは黒いゴミ袋だった。
それを見て落胆した直人がネットリとしたツバを垂らし、それが糸を引いて、濁るどぶ川とつながった。
「汚えなー、なにやってんだよ」
声を荒げるワチコの仏頂面が、ふたたび慎吾の笑いを誘い、奈緒子もまた顔を綻ばせた。
「あー、ホントにいたら、捕まえて自由研究に使おうとか思ってたのに」
口をぬぐいながら、悔しそうに言う直人。
「まだお前、自由研究やってないのかよ」
「考えるのめんどくせえじゃん。ワチコみたいにクモの研究するなんてイヤだし」
「これか?」
ワチコが紙袋からガラス瓶を取りだして、直人の顔に近づけた。
「や、やめろよ。ていうか、なんで持ってくるんだよ、置いてこいよ」
「犬に食われたらかわいそうだろ」
「タローたちはそんなことしないよ、ワチコちゃん」
「そうかな。でもだって食べたくなるくらい可愛いぜ」
ワチコがガラス瓶を撫でながら笑うと、巣の中央のクモがその愛情に応えるように長い足を少し動かした。
その時、手すりに背をあずけて並ぶ四人の前に、けたたましい金切り音を上げて一台の自転車が止まった。




