15:アイスキャンディーー②
「うん、もちろん」
奈緒子が微笑み、ワチコも微笑んだ。
慎吾は笑えなかった。
肩も心も痛い。
「じゃ、これから行くとこあるから」
「うん」
「あ、それからさ、もうすぐ雨が降るから早く帰った方がいいよ」
ふくらはぎの古傷をかきながら、ワチコが空を見上げた。つられて見上げると、さっきまでの晴天が、ウソのように薄曇りの空へと様変わりしていた。
「足が痛むんだよ、雨が降りそうなとき」
「あ、それぼくのおばあちゃんと一緒だ」
ワチコにふたたび肩を殴られた。
「ババアと一緒にすんな!」
ワチコが怒鳴り、奈緒子が声を上げて笑った。
「じゃあ、また明日」
奈緒子にだけ手を振り、ワチコが帰っていった。
「なんなんだろ、ワチコ。ぼくのこと、嫌いなのかな?」
「そんなことないよ」
「だって、肩パン二回だよ。ありえないって」
「好かれてる証拠じゃん」
慎吾は納得がいかず、痛む肩をさすりながら。ふたたび空を見上げた。
「チャーさ、これからどうする?」
「え?」
「これから」
「あ、うん、えっと……」
「まだ四時だけど」
奈緒子が例の腕時計を見ながら、帰りたくなさそうな素振りを見せた。
今日は疲れたからもう帰りたいと本当は思っていた。夏休みの初日からこんなに振り回されるとは思ってもみなかった。奈緒子だけならまだしも、直人やワチコだって逆らえる相手ではないのだと思い、頭がクラクラしていた。
暴君が三人。奴隷は一人。革命なんか起こせやしない。
それが明日から毎日のように続くのかと思うだけで、また大きなゲップをしてしまいそうな気分。
「……ウチ来る?」
「え?」
「お母さんが帰ってくるまでさ、一緒にいてよ」
とつぜんの誘いに、高鳴る胸の音を奈緒子に聞かれるのではないかと、気が気でなかった。それほどまでに胸のリズムが荒々しい。奈緒子の家に招かれるなんて、想像だにしていなかった。
以前、まだ廃病院に通うようになって数日しか経っていない頃、それとなく奈緒子の家庭のことを聞いてみたことがあった。
奈緒子の口から「いいじゃんべつに」という、つれない言葉しか引き出せず、その時はひどく落胆したが、それでも機会があれば、奈緒子の家庭をのぞき見たいという思いは、心の奥の方で火を絶やしてはいなかった。
「いいの? 行って」
「うん、お母さんが帰ってくるまでね」
「行く、行きます」
「じゃ、行こ。雨降りそうだからカサ貸してあげるね」
奈緒子が、ガードレールから飛び降りた。フワリと揺れるワンピースに、階段の下から見上げた光景を思い出して、顔が熱くなるのを感じていると、奈緒子のまだ一口もつけてないアイスが溶け落ちて、熱を帯びるアスファルトに散った。
「あーあ、落ちちゃった」
「アタリならあるけど」
「それはチャーのでしょ。わたしはとてももらえません」
「なにそれ、どういう意味?」
「アハハ。いいから行こう。雨が降って来ちゃうよ」
「うん」
慎吾も飛び降りて、アタリの棒を大事にポケットにしまった。
それを見て、奈緒子が笑った。




