14:金田鉄雄の家ー⑤
「ウソだろ…」
思わず、声を出すワチコ。
それからしばらくのあいだ、皆が一様に声を失って、その光をただ呆然と見上げていた。ノドをゴクリと鳴らす音が聞こえたが、それが誰のものなのかは分からなかった。
虹色にきらめきながら幾度か左右に揺れて、唐突に光が消え、張りつめた空気が緩んだ。
「なに……アレ?」
目を輝かせた奈緒子に見つめられたが、ただ首を横に振るだけで、なにも言うことができなかった。
チラと右を見ると、ワチコは口を開けてまだ空を見上げていた。
「……UFO、かな?」
直人もまた、動揺を隠せずに不確かなことを言った。直人が冷静さを欠くのを見るのは、これが初めてだった。いつもの、あの人を小バカにするような笑顔も消えている。
「やったじゃん、UFO!」
奈緒子がひときわ大きな声で喜び、直人の両手を掴んではしゃいだ。
まんざらでもない直人の顔が、なんだか許せなくて、
「ちょっと待ってよ。ホントにあれUFOなわけ?」
と思わず水を差すと、ピタリと動きを止めて直人の手を離した奈緒子に、キッと睨みつけられた。
「意味分かんない。なんでそんなこと言うの?」
「だってさ、ちょっとできすぎじゃない?」
「できすぎでもなんでも、いたじゃん」
「でもアレ、人工衛星とかかもしれないよ」
「なんでUFOじゃダメなわけ? それでいいじゃん」
「いや、でもちゃんとそうだっていう証拠がないと……」
「証拠ってなに? じゃあチャーはアレが人工衛星だっていう証拠があるわけ?」
「そ、それは……」
どうして奈緒子と言い争っているのか、さっぱり分からなかった。それに加えて、直人がその様子を楽しそうに見ているのも、気にくわなかった。
イヤになった。なにもかもが。
「……じゃあいいよ、UFOで」
「じゃあってなに? じゃあって」
怒る奈緒子。
それはそうだ、怒るに決まっている。
「まあまあいいじゃん、どっちでも」
「よくないよ。林君も信じてないわけ?」
「いやあ、おれは人工衛星もUFOも見たことないから、分かんねえ」
「ワチコちゃんは、どう思うの?」
「んあ?」
まだ口を開けて空を見上げていたワチコが、気の抜けた声を出した。
「聞いてる?」
「ん、うん。アレはUFOだよ」
断言。そんなバカな!
「ほら、二対二」
「おれもチャーの仲間かよ? じゃあおれもUFO派で」
裏切り。そんなバナナ!
「ほら、三対一」
奈緒子に睨みつけられ、UFOに連れ去られたい気分になった。
「あー、でもチャーは人工衛星派でいいや」
直人がいつもの不快な笑顔で言った。
「なんでさ?」
「それだとさ、チャーはUFOを見なかったんだから、おれたちになんかおごることになるもんな」
言い出しっぺはワチコなのに、結局は自分がバカを見る。
「……いいよ、それで」
「じゃあおれはアイスな」
「あたしもー」
「ちょっと待って話がズレてるんだけど」
「いいじゃんいいじゃん、行こうぜナオちゃん」
ワチコが、まだ納得のいかない表情の奈緒子の肩を押して、鉄階段を下りていった。
「山下って、意外と怖いんだな」
直人が慎吾を憐れんで、そのあとに続く。
ひとり残された慎吾は、ため息を吐いて空を見上げた。
そこには、もうなにも見えなかった。




