14:金田鉄雄の家ー②
入ってすぐの、リビングの中央にある、どす黒いシミに目を奪われた。火あぶりにされたという長男が脳裏をよぎる。それを頭から振り払い、さらに中へと進んだ。
埃だらけの床に着いた足跡が、直人やワチコのものなのかは分からなかった。
そのとき、焦げ茶色のダイニングテーブルの下から伸びた手が、慎吾の足を掴んだ。
「ギャッゲフ!」
腰を抜かした慎吾は、素っ頓狂な声を上げながら尻餅をつき、奈緒子の柔らかな太ももに、その頭が触れた。
目を白黒させながら視線をダイニングテーブルの下にやると、直人とワチコが腹をかかえて笑っていた。
「ギャッゲフだって、ギャッゲフ!」
「ヒヒヒ、デブ、お前ビビりすぎ!」
二人の笑い声に誘われて、奈緒子も笑い声を上げた。
慎吾は恥ずかしさを感じながらも、薄暗いリビングに響き渡る笑い声に、救われたような気もしていた。
「や、やめてよ」
立ち上がり、ズボンをはたきながら言うと、
「気を抜いてるからだろ。お前が悪い」
と、直人が悪びれもせずに返して、ダイニングテーブルからワチコとともに出てきた。
「それよりさ、ここつまんねえよ。なんにもないじゃん。幽霊でも出てくりゃいいのに」
口をとがらせるワチコ。
「でも分かんないでしょ。まだ二階があるし、UFOが出た屋上だってあるじゃん」
「じゃ、行くか。デブが先頭な」
「え?」
「怖いのか?」
「べ、べつに怖くないよ。だってウソだもん、こんな話」
ワチコがニヤけながら顔をのぞき込んできた。心を見透かされたような気がして目を逸らすと、視線が奈緒子とぶつかった。
「わたしが、先に行こっか?」
奈緒子が、意外にも名乗りを上げた。
怖くないのか? と、慎吾は思ったが、すぐにその思いを打ち消した。奈緒子はあの廃病院にだって一人でかよっていたのだ。そこに比べて十分に明るいこの廃屋に、恐怖心を抱くはずがない。
じゃあ、なんで奈緒子はTシャツの裾を掴んだのだろうか?
……分からない。
「……ああ、じゃあそれで。ワチコ、お前が一番目な」
急におかしなことを言い出す直人。
「なんでだよ?」
当然のように、ワチコが噛みついた。
「女子が先で、男子がそのあと。山下は二番目で」
「うん」
「いやいや、意味分かんねえし」
「いいから行けよ、ほら」
渋々とワチコがリビングを出て、もと来た廊下を戻っていった。奈緒子がそのあとに続き、直人が慎吾の前を行く。
最後尾はそれでまた怖い。
冷や汗に湿る背中を誰かに見られているようで肌が粟立っていた。
階段をワチコが上がっていく。奈緒子も、うしろを一瞥してから続いた。
しかし奈緒子が半ばにさしかかる頃になっても、直人は階段を上がろうとはしなかった。
「どうしたのさ、早く行ってよ」
「見ろよ」
階段を見上げながら、直人が口の端を緩めた。
いぶかりながら階段を見上げ、すぐに直人の意図することが分かった。
一段一段をたしかめながら、薄暗い階段を上がる奈緒子。
その裾が揺らめいて、危うく下着が露わになりかけていた。
慎吾はすぐに目を逸らした。
「な?」
直人が慎吾の肩を叩く。
それを振り払い、直人を押しのけて、慎吾は階段を駆け上がった。
階下から聞こえる、押し殺した笑い声が耳に障る。
信じられない。あんなことを考えるなんて。
やめてよ。
気づくと、殺してやりたいほどはらわたが煮えくり返っていた。




