14:金田鉄雄の家ー①
住宅街の一角にある、色を失った廃屋。
その前に立つと、テスト用紙を目の前にしたときよりも不安になった。
直人とワチコはなぜだか笑っていて、麦わら帽子に顔が隠れた奈緒子の、その表情は分からなかった。
「早く入ろうぜ、誰かに見つかったら、怒られるし」
直人が、まともなことを言う。
最初に動いたのは、意外にも奈緒子だった。赤茶けた柵の扉を押し開け、なんのためらいもなく、敷地の中へ入っていく。
その光景にしばし呆けていた三人も、そのあとに続いた。
玄関のドアはなぜか開いていて、直人が「きっと肝試しに来た誰かが、中から開けたんだろ」と言った。家の中に最初に入ったのは、ワチコだった。こういうときワチコは頼りになるのかもしれないな、と思いながら、慎吾はまだすこし躊躇していた。
「じゃ、お先」
直人がワチコに続く。
タイミングを失って、チラと奈緒子を見ると、今まで目を合わせてくれなかった奈緒子が、慎吾をぢっと見つめていた。
耐えきれず目を逸らし、すぐにまた奈緒子を見て、
「怖いの?」
と、慎吾は冗談めかした。
「チャーだって怖いんじゃない?」
「ぼくは……ぼくは平気さ。怖くないよ」
「じゃ、先に行ってよ」
奈緒子がやっと微笑んでくれた。
その笑顔で、ようやく今日がはじまったような気がして、太陽がまぶしかった。
「じゃあ、先に行くよ」
「うん」
慎吾の言葉に応えた奈緒子の声色は、すっかりいつものそれになっていた。
慎吾は、意を決して蒸した廃屋へと足を踏み入れた。
奈緒子がそのあとに続く。
中に入ってまず最初に目に入ったのは、埃だらけの靴箱の上に乗る、水の涸れた水槽だった。下に敷かれた砂利に、得体の知れない小動物のミイラ化した死骸が転がっている。その横の赤べこの張り子が、不気味なリズムで首を揺らしていた。
たぶん、直人かワチコの、どちらかが揺らしたのだろう。
奈緒子の静かな息遣いを背に感じながら、靴も脱がずに上がりかまちに足をかける。
玄関は、薄暗い廊下に続いていた。
壁に掛けられたいくつかの額縁のガラスがすべて割れている。
慎吾は一呼吸してから、廊下をゆっくりと歩き出した。ギッ、と廊下を踏みならす音が後ろから聞こえ、奈緒子もあとをついてくるのが分かる。
廊下のすぐそこには、階上へと上がる灰色の絨毯敷きの階段があって、二階のようすは深い闇に閉ざされて分からなかった。
暑くて、押しつぶされそうになる。怖くて、押しつぶされそうになる。
開け放されたトイレの、磨りガラスの小窓から射し込む陽光が、ひどく頼りなかった。
不意にTシャツをなにかが引っ張った。ギョッとして振り返ると、奈緒子がその裾を掴んでいた。
慎吾は額の汗を拭い、ゆっくりと歩を進めた。
廊下の先には、リビングへと続くのだろうドアがあって、その木目のいくつかが、人の、亡霊の顔に見えた。
ドアノブが、遠くに感じる。
しかしそれを開けなければ、目的の場所にはたどり着けない。
意を決してドアノブを掴み、ヒヤリとするそれをひねると、緩んでいるのか、二三度回してようやくドアは開いた。




