12:通信簿-②
うしろのロッカーの上に飾られた、渾身の作品のよこには、奈緒子の『犬たち』という、あの町山先生ですら唸った、まるでレベルのちがう絵が飾られていて、みんなの目はそこにだけ注がれた。
この世には、幸せになるべくして産声を上げる人間が、確かにいる。
彼らに与えられたものが、富や権力や地位や美貌なのか、「やってみたらできた」と、《努力》という、凡人のより所を一蹴してしまう圧倒的な才能なのかは、それぞれで異なるが、一様に彼らは、それを他人から羨まれるほどのものだとは思っていない。
だから始末が悪い。
嫉妬すればするほど、自分の小ささが浮き彫りになるから。
奈緒子もたぶん、そちら側の人間で、慎吾は毎日の学校生活の中で、それを痛いほど感じていた。
なにもかもを易々とこなす奈緒子が、放課後いつも当然のように遊ぶ少女と同一人物であると、にわかには信じがたかった。となりで微笑む少女は、学校にいるときには、ほとんど笑わない。
慎吾は、奈緒子のふだん見せない一面を、この一ヶ月近くのあいだにイヤというほど見てきた。透きとおる笑顔と天真爛漫な性格を知るだけに、奈緒子に嫉妬などしない。
手渡された5ばかりの通信簿を見ながら、そんなことを思う。
「やっぱすごいね、ぜんぶ5じゃん」
「ぜんぶじゃないよ、体育は2だもん」
「あ、ホントだ。そういえばプールは見学だったよね。なんで?」
「……わたし、肌が弱くてさ、日焼けしたら水ぶくれみたいになって大変なんだ」
沈む奈緒子に、非の打ち所のない美少女にも欠点があるということを知り、少しだけ気まずくなりながらも、慎吾はその事実になぜか安堵する。
だから、《勉強の方は問題ありませんが、クラスメイトとのコミュニケーションが少し足りないようなので、二学期からは、たくさんみんなと話してみましょう》という、町山先生の言葉を読んで、少し不安になった。
確かに、ワチコを除いて、奈緒子が自分以外の生徒としゃべったりするのを見ることはほとんどなかった。
それがみんなの嫉妬や遠慮から来るものなのか、あるいは奈緒子自身がみんなに一線を引いているためなのかは、分からない。
たぶん、その両方の理由のためなんだろうな、と慎吾は思う。
だから心配だった。
自分に突き刺さる嫉妬の視線は、まだ耐えられるけれど、その切っ先が奈緒子に向いてしまうことだって、十分にあり得るからだ。
そうなったとき、果たして、全力で奈緒子を守れるだろうか?
正次が学校に来なくなって、あの噂が流れたとき、慎吾は彼を擁護しなかった。いや、できなかった。そんな勇気なんて無くて、ただオロオロとしていただけだった。
結局、正次と仲の良かった紀子の擁護によって、その噂を語るヤツはいなくなって、正次は救われた。
もう学校には来ないのかもしれないけれど、イメージがそれ以上に落ちることを、紀子が食い止めたのだ。
奈緒子がもしそんな目にあったら、紀子のような行動をとることができるのだろうか?
「今日はどうする?」
慎吾の思いに気づくはずもない奈緒子が、探るように呟いた。




