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バラバラ女【改稿版】  作者: ノコギリマン
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11:たそがれ坂ー②

 五時半になって、『夕焼け小焼け』が、にわかに町を包みはじめた。


 奈緒子が「始まった」と声を弾ませて、坂道を見上げたようだった。


 慎吾は、もちろんとなりを見ることなんてできず、左手に残る柔らかな感触を何度も確かめながら坂道を見上げたが、そこには、なにも見当たらなかった。


 見えるわけがない。死んでしまった会いたい人なんていないのだから。


 『夕焼け小焼け』が鳴り終わっても、まだ慎吾は汗ばむ左手をぎゅっと握りしめて、間を埋めるために、むず痒さの残る額の傷を、絆創膏の上から右手で掻いていた。


 それなのに、奈緒子は一向に口を開かなかった。


 それを不思議に思いながらも、慎吾には、まだ右がわの世界を見る勇気はなかった。


 絶対に目を逸らしてしまう。


 ただのトモダチなのに。


「ありがとう」


 不意に、奈緒子が呟いた。


 慎吾は、自分に言われたような気がして、ハッと奈緒子を見た。


 たそがれ坂を見上げたままの奈緒子の瞳から、一粒の涙がこぼれていた。それが頬を伝い、アスファルトの路面に垂れ落ちる。


 奈緒子が、そっと濡れた頬をふいて、壊れそうな笑顔で慎吾を見た。


 それが奈緒子の本当の笑顔だと、慎吾にはなぜだか分かっていた。


「いたの?」

「うん」


 この日、奈緒子と交わした言葉は、それで最後だった。


 どういう感情が奈緒子の中に渦巻いているかだとか、何を、誰を見たのかなんて、ルール違反だから聞けなかった。


 だが慎吾には、となりで押し黙って歩く奈緒子が、とても晴れやかな顔をしているようにも見えていた。


◆◆◆


 いつものように、商店街の前で奈緒子と別れた慎吾は、ミオカさんの下手な歌を聴きながら、今日は沢山のことがあったな、と一日を振り返った。


 純平に本で殴られて、直人にからかわれて、神社に行って、《瀬戸正次》の名前を見つけて、ワチコを盗み見して、ヘビに驚いて、奈緒子と手をつないで、そして、奈緒子が泣いていた。


 せつない想いを

 とにかくキミに伝えたい

 マジで愛しておくれよ

 さらに百倍キミを愛すから

 吐くための上手いウソなんて

 グシャグシャにしてしまおう

 下手なホントをオレは言いたいんだ


 奈緒子の涙を思い返しているうちに、ミオカさんのダサくて調子外れな歌が、不覚にも胸にスッと染み渡っていた。


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