10:失恋大樹-①
神社へと続く、長い緩やかな、たそがれ坂。
慎吾は坂道が好きだった。
坂道は、その先にある景色を隠してしまうから。
坂道を上るときは、いつも「もしこの先の景色が昨日と全然ちがう景色になっていたら」と心を躍らせていた。
一時の夢想を、このたそがれ坂は、いつも与えてくれる。
そして今、慎吾は奈緒子とともに、その坂道を上っている。
半分ほどのぼると、例の神社へと続く階段があって、それを思うと少しの憂鬱を感じるが、奈緒子と一緒という事実が、それを薄めてくれた。
奈緒子は万能薬だ。
一緒にいるだけで、心の傷も額のケガも忘れさせてくれる。
神社へと続く、苔むした石段を見上げた奈緒子が、
「わたしここに来るの初めてなんだ」
と、うれしそうに笑んだ。
「でもさ、ホントにここの『失恋大樹』は、大したことないよ。見たらガッカリするかも」
「べつにいいよ。暇つぶしなんだし。行こ」
二段飛ばしで、階段を駆け上がっていく奈緒子。
慎吾も、慌ててあとを追ったが、身を包む贅肉が、追いつくことを許してはくれなかった。
どんどん離れていく、奈緒子の後ろ姿。
背負う赤いランドセルが、その呼吸に合わせて、右に左に揺れている。
そして階段の先へと着いて振り向いた、木漏れ日に揺れる奈緒子の、透きとおるような笑顔。
遠くに見えるその笑顔に、今にも奈緒子がどこか遠くへ行ってしまいそうな、おぼろげな不安を感じた。
けれどそれが、どこから来るものなのかは、分からなかった。
「遅い」
「ハアッ、ハアッ、う、うん、ご、ハアッ、めん」
「で、どこにあるの?」
「え?」
「失恋大樹」
「ああ、ハアッ、うん、こっち」
慎吾は、奈緒子を連れ立って、境内の奥まった場所にある、雑木林との境になっている生け垣のそばに生える、大きな杉の木の前に立った。
「これ」
「え、これ? なんか思ったのとちがう。普通の樹じゃん」
「だから言ったじゃん、大したことないよって」
「ふうん」
「でもこのうしろ見てよ、いっぱい名前が書いてあるから」
「うん」
樹の裏がわに回った奈緒子が、その下の方に彫られたいくつもの名前を見て、
「この人たちの中で、ホントに死んじゃったりした人いるのかな?」
と、冷たく言った――ように慎吾には聞こえた。
「死んだ人とかは、いないんじゃないかなあ。不幸になるってだけだから。でも恨みがでかければでかいほど、すごい不幸がやってくるみたいだから、一人くらい死んでるかもね」
「ふうん……」
気の抜けた返事をした奈緒子が、彫られた一つ一つの名前をじっくりと見ていった。
慎吾はこの樹が、秘密基地のあった頃からなぜだか苦手で、このさきの生け垣にポッカリと空いた、トンネルのような穴をくぐり抜けるほうが秘密基地への近道なのに、わざわざ遠回りをしていたほどだった。だから今、奈緒子が物珍しげにながめている裏がわを、一緒になって見る気にはなれず、足下に転がるいくつかの赤錆びた五寸釘を、ボウッと眺めていた。




