9:保健室-②
「なんで奈緒……山下さんに、殴られんのさ」
「だってお前、なんでか知らねえけど、さいきん山下と仲いいだろ」
「でもこのケガは、山下さんとは関係ないよ。純平に本で殴られたんだ」
「純平に? なんだ、お前ケンカとかすんだ。意外」
「ケンカじゃないよ。純平がいきなり殴ってきたんだよ」
「でもお前、純平の前で山下としゃべったりしてたんだろ、どうせ」
「なんだよ、どうせって。なんで、そんなこと分かるんだよ」
「山下と仲いいお前が純平に殴られたんなら、それしか理由がないだろ。そんなん、誰でも分かるよ」
いつもの、「おれはなんでも分かってる」と言いたげな直人の顔を見て、慎吾は自分がバカにされているのをありありと感じ、
「言ってる意味が分かんないよ…」
と、なかば抗弁する気も失せて呟いた。
「分かんねえことないだろ、なあ成田ちゃん」
「まあ、色々とあるから。小学生も大変ね」
「意味分かんないよ。なんで殴られんのさ」
「いいよべつに分かんねえなら」
「まあ、お茶でも飲みなさい」
苦笑しながら、湯気の香るお茶を湯呑みにそそいで、二人に手渡した成田先生は、
「飲んだら教室に戻りなさい」
と言って、職員室へ向かった。
怒りとやるせなさで渇いた口内を暖かくすすぎ、ノドを滑り落ちていくお茶。久しぶりに飲むそれは、慎吾の荒れる心をもゆっくりと落ち着かせる力を持っていた。
ベッドでお茶を飲み干した直人が、「お前も大変だよな」と含みを持たせた言葉を投げかけ、そのまま保健室を出て行った。
ひとり残された慎吾は、もう一口お茶を飲んで、ふたたび中庭を見た。
風に揺れる、紀子の束ねた後ろ髪。
楽しそうに笑う女子たちが、手の届かない遠い世界の住人のように思えてならなかった。




