8:「お前」ー③
「なんだよそれなんでチャーが怒ってんの?」
「お前だって、なんで、そんくらいのことで怒ってんだよ。お前がどっか行けよ」
「マジで意味分かんねえしここおれの席だし」
「ちょっとやめてよ。チャー、わたしの席行こ。鈴木君、ごめんね」
「だから奈緒子が謝んなくていいんだって、こんなバカに」
ついつい言いすぎたと思った次の瞬間、頭に衝撃が走り、目から星が飛び出た。
なにが起こったのか分からなかった慎吾は、目の前で唖然とする奈緒子を見て、それから首にも痛みを感じながら、純平を見た。
なぜか立ち上がっていた純平は、なぜか分厚い参考書を片手にブルブルと震え、なぜかその背表紙の下端が赤く染まっていた。
「痛ってえ……なにすんだよ」
純平を睨みつけながら、額に冷たいモノを感じた慎吾は、そっと手を当て、生ぬるくネットリとしたモノを拭ってそれを見た。
手のひらを濡らす赤い液体。
窓から射す陽の光に当てられたそれは、毒々しいながらもなぜか心を魅了し、一瞬なにが起こったのか分からなかった慎吾は、それに見惚れていた。
「キャー!」
耳を刺すほど大きな奈緒子の叫び声が教室に響き渡り、てんでにおしゃべりをしていた何人かのクラスメイトの目が、慎吾たちに向けられた。
痛みよりも恥ずかしさが全身を覆っていた。
ここから早く逃げなければ。
慎吾はなにもなかったかのように立ち上がり、無表情で教室を出た。
ざわつく教室から奈緒子があとを追ってきて、心配そうに言葉をかけてきたが、なにも耳に入らなかった。
今、一番いてほしくない奈緒子がとなりにいて、廊下のさきの階段までついてくる。
「大丈夫だから」
「でも」
「ホント、大丈夫だから!」
声を荒げたことに気まずさを感じながらも、足を止めた奈緒子の顔を見ることはできなかった。
「……保健室に行ってくるから、奈緒子は教室に帰っててよ」
「……うん」
慎吾は奈緒子を一度も見ずに階段を降り、保健室へと向かった。




