6:あだ名ー④
犬たちに別れを告げ、山下奈緒子とともに廃病院を出た慎吾は、もうすっかり日の落ちた街灯一つ無い原っぱだらけのフェンス迷路を、山下奈緒子の横に並んで歩きながら、
「山下さん、明日もここに来るの?」
と、何気なくたずねた。
「うん。一週間くらいずっと来てるし、明日も行かないとタローたちお腹空かしちゃうでしょ」
「うん、そうだね。そういえば、図工の時間に山下さんが提出した『犬たち』って絵さ、あれって、あの犬たちを描いたの?」
「うん、そうそう。うまく描けてたでしょ。あれね、土曜日にあそこに泊まって、ずっと描いてたんだよ」
「え、泊まって?」
「うん」
「心配されなかったの?」
「さっきも言ったけど、わたしがいるかどうかなんてどうでもいいのよ、ウチのヒト。わたしね、夜中に部屋から抜け出して散歩するのが趣味なんだけど、それも気づかれたことないし」
「そう、なんだ」
「宮瀨君は、そういうことしないの?」
「し、しないよ。お父さんとか、メチャクチャ怖いもん」
「ふうん、じゃあ今度、バレない方法を教えてあげる」
「あ、うん、ありがとう」
「宮瀨君は、学校が終わったあと、なにやってるの? 部活とかしてないでしょ」
「うーん、すぐ家に帰って、マンガ読んだり宿題したり、かな」
「ふうん」
「……」
「……」
「……あ、あのさ、ぼく、明日もあそこに行っていい?」
「え、ホントに?」
「ご、ごめん、ダメならいいけど」
「全然ダメじゃないよ。じゃあ、あそこ、わたしたちの秘密基地にする?」
「え、いいの?」
「うん。わたしね、秘密基地にちょっと憧れてるんだ。だけどほかの女子ってそういうの興味ないでしょ。前の学校でもそうだったし、ここでもやっぱり興味ある人いないみたい」
「そりゃそうでしょ」
「アハハ、そうだよね。でも男子に混じって秘密基地を作るのも、なんかちがうなとか思うし。だからあそこにいて、すごいそういう感じがして楽しかったんだけど、やっぱ一人じゃつまんないんだよね」
「分かった。じゃあ明日から、ぼく行くよ」
「うん。あ、でも一つ条件があるよ」
「え、なに?」
「これからは友だちだから、宮瀨君のこと、あだ名で呼んでいい?」
「……うん、いいよ」
「じゃあ、宮瀨君も、わたしのこと山下さんって呼んじゃダメだよ」
「え、うん。なんて呼べばいいの?」
「山下とか、奈緒子とか、呼び捨てか、それかなんかあだ名考えてよ」
「えー、ぼくあだ名を考えるのニガテー」
「じゃ、奈緒子でいいよ」
「うん分かった、そうする」
「じゃあ、わたしこっちだから。チャー、またね」
「うん、またね……奈緒子」
楽しい時間は、絶対に短くて、呆気なく終わる。
別れを告げ、駅前商店街の雑踏に消えた奈緒子の、もう見えなくなった後ろ姿をなんども脳裡に浮かべながら、慎吾はあんなにイヤだった自分のあだ名を今ではとても愛おしく思っていた。




