5:血塗れナースー②
たどり着いた先、丘の上に建つ不気味な廃病院に、真っ赤なランドセルから取りだした懐中電灯を手に入っていく山下奈緒子を見た慎吾は、涼風の心地よい夏の茜空の下で、しばらく呆然と立ち尽くしていた。
なぜならば、そこは子どもたちのあいだで噂の『血塗れナース』という都市伝説の舞台である場所だったからだ――
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『血塗れナース』
その総合病院の院長オザキは、優秀でそして善人でとおる信頼のあつい人物だった。
しかし裏では、毎夜なにも事情を知らぬ患者を《治療》と称して地下の実験室に連れ込んで、言うもおぞましい凄惨な人体実験を繰り返し、そのまま無残に患者をなぶり殺す、残忍な猟奇殺人鬼だった。
それを見かねたある一人のナースが、もう止めるようオザキに忠告したが、それも空しく、そのナースもオザキの残忍な魔手にかかり、血塗れになりながら病院の裏手の井戸に生きたまま捨てられ、そのまま闇の底で絶命する。
それから数日後、怨霊となってオザキの前に現れたナースは、両手に持つ二本のメスによって、オザキの体に犠牲者と同じ数の五十六カ所の穴を空けて殺害。
オザキの悪行が世間に明るみになるとともに総合病院は潰れ、ナースは犠牲となった亡霊たちの看護のために、夜な夜な病室を徘徊する、血塗れナースとなった。
◆◆
――もちろん、そんなくだらない都市伝説を、慎吾は信じてはいなかった。
そもそも、この都市伝説は非常に稚拙な出来である。五十六人も人を殺したら、さすがに警察にバレないわけないし、そんな状況になってるのに忠告しかしないナースなんて、まるでバカじゃないか。
そう思い、『血塗れナース』の話を鼻で笑った慎吾だったが、ガラスの割れた入り口の自動ドアから、薄暗い内部を覗いていると、言いようのない不安を感じた。
どこからか聞こえるカラスの不気味な鳴き声と、それに応えるようにやかましく吠えたてる犬の鳴き声が、いっそう濃く心の裡に影を落す。
しかしこんなところで二の足を踏んでいても、中で山下奈緒子がなにをしているのかを知る手立てはない。
「おじゃましまーす……」
中にいるだろう山下奈緒子にか、はたまたこの廃病院の主人である血塗れナースに言ったのか、自分でも分からなかったが、とにかく勝手に許可を得て、病院の中に足を踏み入れると、すぐに肝試しに来た若者が残したのだろう《タスケテ》という落書きが目に飛び込んできた。そのほかにも色々と頭の悪そうな落書きが壁を埋め尽くしている。それらがイタズラだと分かりながらも、少しだけ背筋をヒヤリとしたものが撫でた。
意を決した慎吾は、割れた窓ガラスや、天井から剥がれ落ちた石膏ボードを踏みしめながら、奥へ奥へと進んだ。




