エピローグー③
…………気づくと、夜になっていた。
山下奈緒子のことを思い出していて、いつの間にかリビングのソファでうたた寝をしていたらしい。
重い頭を起こし、暗いリビングを見渡したが、まだ妻は帰ってきてないようだった。
おかしい。
娘を捜しているのだろうか?
私は妻と娘を捜すために、懐中電灯を片手に家を出た。
◆◆◆
静まりかえる商店街。
そこに妻と娘の姿はない。
そこからさらに先へ進み、ビル街へと出た。
大きな国道を、右へ左へ車が走り抜けてゆく。
公園に行ってみよう。
そう思い歩いていると、ふとあの血塗れのワンピースの女が佇んでいた、ビルとビルの暗い隙間が視界の隅に入り、私は足を止めた。
まさか、あの女が妻と娘を……?
私はすぐにそのバカバカしい考えを頭から振り払い、ふたたび歩き出そうとした。
カサカサ……
暗い隙間の奥から、音が聞こえたような気がした。
「ハ、ハハ、そんなバカな」
独りごち、頭の中に渦巻く不安を払拭させるために、私はその中へ足を踏み入れた。
どこまで続くのかも分からない闇を、恐怖に怯えながら懐中電灯の小さい灯りだけを頼りに奥へと進むと、そこに、ナニカがいくつも転がっていた。
その一つ一つに光を当ててみると、大人と思われるものと、まだ成長しきっていない子どもの短い四肢だった。
それらが無雑作に転がっている。
「マ、マネキンかな?」
不安から口を吐いて出た言葉が、暗闇に谺する。
カサカサ……
また、あの音だ。
音のした方、奥にある段ボールに乗った黒い二つの影に光を向けた私は、現れた光景に、しばし唖然として声を失っていた。
そこにあったのは、妻、そして娘の――
――生首だった。
ナニカに驚いたような表情を作り、ぢっと夜空を見上げる二人の生首。顎が外れるほどに開いたどす黒い口内から、夥しい量の蜘蛛が這い出していた。
恐怖に戦いた私は、震える足をなにかヌルリとしたものにすくわれて地べたに尻もちをついた。
地面についた手を見ると、赤黒い血が、ベッタリと……
「あ、ああああああああああああああ!」
声にもならない声を上げながら這いすすんだ私は、妻と娘の生首を胸に抱いて、血の池の中で涙と鼻水に溺れた。
誰が?
なぜ?
答えなど出るはずもなく、私は泣き続けていた。
ふと鼻を、甘やかな薔薇の香りがくすぐった。
背後に何者かの気配を感じても、涙は止まらなかった。
――きっと、バラバラ女だ。
――きっと、愛する人の生首を胸に抱えている。
――きっと、その生首は幸せそうに笑っている。
鼻のホクロを濡らす汗や涙を拭うこともせず、
私は慟哭し続けた。




