45:玄関を叩く音ー①
……コン、コン、コン、コン
玄関を叩く音がする。
家に着いて、少し気分が悪くなり布団にくるまってうたた寝をしていた慎吾は、その音で夢の世界から引きずり出された。
楽しかったというおぼろげな記憶だけがあり、どんな夢を見たのかまでは思い出せない。
……コン、コン、コン、コン
イヤに間をあけた音が、ふたたび戸を叩く。
夏布団から顔を出して時計を見ると、もう夕方の七時だった。
両親はまだ帰ってきていないようだ。
慎吾は重い体で布団から無理矢理に這い出し、朦朧とした頭を二三度ふってから玄関へ向かった。
「はい、だれですか?」
玄関の灯りをつけてたずねると、
「わたし、コモダと申します。慎吾君はいますでしょうか?」
と、無機質な声が応えた。
コモダ……誰だったっけ……?
訝りながら戸を開くと、そこには、全身を赤色で包んだ斜視の男が立っていた。
「あ……」
「ああ、きみ、慎吾君だったね」
「は、はい」
「ナオちゃん、お邪魔してないかな?」
ニヤリと笑うコモダさんの歯はヤニで黄ばんでいた。
「あ、いいえ、いませんけど」
「そうか、ここだと思ったんだけど」
「奈緒子が、どうかしたんですか?」
「いやね、昨日から帰ってきてないものだから。きみ、ナオちゃんと仲がいいんでしょ?」
「あ、はい」
「まさか家出ってことはないだろうけど、今日も帰ってこないのは心配でね。わたしの娘ではないのは君も知ってるだろうけど、それでもわたしはナオちゃんのことが可愛いんだ。きみ、ナオちゃんがいそうな場所って知らないかな?」
コモダさんに見つめられ、地獄の片鱗を見たような気がしていた。
この人に奈緒子の居場所を言うべきではない、と心で誰かが警告している。
「し、知りません、ごめんなさい」
目を逸らして上擦る声で言うと、両肩をコモダさんに掴まれた。
痛い。
「本当に、知らないのかな? 隠すとバチが当たるよ。きみは知らないだろうが、あの娘は邪悪体に憑かれやすい性質を持っていてね。それが入ると大変なことになるんだ。ここ最近、またその兆候が少し出ていてね。このままだと《追否の儀》を行わなければいけなくなるんだ。わたしはね、本当はそういうことをナオちゃんにはしたくないんだよ。純潔は至高だからね。ね、きみ、分かるだろ?」
分からなかった。
視点の定まらない目に度しがたい魔力を感じ、気づくとゲップが出ていた。
「ウ、ウフフ。そうか知らないのか。それなら仕方がないね。お邪魔しました」
肩から手をどけたコモダさんが、やけにあっさりとひいて帰って行った。
慎吾はしばらく呆然とたたずみ、額の汗をゆっくりと拭った。




