43:ワチコの家ー③
「奈緒子のこと、やっぱり心配?」
「そりゃあ、心配だよ。だって友だちだからな。それなのにさ、奈緒子はチャーにだけホントは心を開いてるんじゃないかって思って、それが、なんかね……」
そういうふうに直人は感じていたのか。
そんなことはないはずだけれど、本当のところは分からない。
「で、でも奈緒子さ、あの縁日の帰りに、『直人君は沢田さんのこと好きなのかな?』って気にしてたよ。もしかしたら直人のことが好きなのかも」
心の中の引き出しにしまっていた黒いわだかまりが、つい、口をついて出てしまった。
「……チャーさ、お前それ本気で言ってんの? そんなことチャーが言ってたって奈緒子が知ったら、ガッカリすると思うよ」
「な、なんでさ?」
「おれは直人《《君》》で、ワチコはワチコ《《ちゃん》》、だけどチャーは、《《チャー》》だろ」
「言ってる意味が分からないよ」
「べつにいいよ、分からないなら」
戸惑う慎吾を笑った直人が、ふたたび本に目を落とした。
直人の言った意味が分からずに、ボウッと出窓に飾られたぬいぐるみを見ていると、急に背筋がヒヤリとして、クシャミが出た。
風邪がぶり返しているのかもしれない。
きっと、何日も奈緒子の夜遊びに付き合っていたせいだ。
それから何度かクシャミを繰り返し、その顔を直人に笑われていると、奈緒子たちが戻ってきた。
まだ濡れ髪の奈緒子が、妙に艶めかしかった。
「ああ、スッキリした。やっぱりお風呂は入らなきゃダメだね」
「でもナオちゃんさ、今日も病院に泊まる気なんだろ?」
「うん。やっぱりさ、都市伝説のバケモノを一度は見ておきたいじゃん」
バスタオルで髪をふきながら言った奈緒子が、ドライヤーをワチコから借りて髪を乾かし始める。その風に乗って鼻をくすぐるシャンプーの香りが、慎吾の胸を早く打った。
「なあ、ワチコの家って、ぜんぜん面白くないからどっか行こうぜ」
「ちょっと待てよ直人、それあたしの本だろ。勝手に見るんじゃねえよ」
「だって暇だったし」
悪びれる様子もない直人が本をしまい、大アクビをして涙目で慎吾を見た。
「なあ、チャーさ、ホントにもう、どこも知らないのか?」
「う、うん、ごめん」
髪を乾かしきった奈緒子がドライヤーを切り、
「わたしさ、まだゴハン食べてないからどこかに買いに行こうよ」
と、腹をさすりながら笑った。




