4:プールー①
七月が来た。
夏が、ついに始まる。
贅肉と同居する慎吾にとって、最悪な季節。
寝不足の上に夏バテにまでなってしまったら、きっと死んでしまう。
《夏》という言葉は、慎吾にとって地獄の代名詞だった。
天高くそびえる入道雲が、金棒を持った鬼にさえ見える。
こんな暑い季節はタチの悪いジョークであってほしい、と毎年のように思わずにはいられなかった。この、湿気と直射日光で埋め尽くされた世界なんて、ウソに決まっている。一体だれのために、こんな季節があるんだ? 誰も得なんてしないじゃないか。ボウッとして、ただでさえ悪い頭が、にぶい回転すら止めてしまうような気までする。
それに今はプールの授業中。
カナヅチの慎吾にとって、この時間は《苦痛》の意味を体に染みこませる時間に過ぎなかった。
バタ足、バタ足、バタ足………
もう何千回と繰り返してきたバタ足。今年の夏の終わりまでに、また何百回かが加わるのだ。
もういい加減、このバタ足のせいで、プールが運動場がわに何センチかずれてたりしてたら面白いのにな、と、くだらない妄想にふけりながら、今日もまた慎吾はバタ足、バタ足、バタ足……
何十分かが過ぎ、もうなにも考えることすらできずに足を動かしながら、プールサイドの庇の下のベンチの、どこからか持ってきた木の枝であそぶ次郎のよこに座る山下奈緒子を、慎吾は気づかれぬようにそれとなく眺めていた。
席替えの日からすっかり話す機会も無くなって久しい、難しそうな分厚い文庫本に目を落とす山下奈緒子は、日陰の中にあってすら、その美しさを十二分に輝かせている。
その光景に見惚れ、唐突にむずがゆい恍惚を股間に感じた慎吾は、底知れぬ後ろめたさに困惑した。




