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バラバラ女【改稿版】  作者: ノコギリマン
139/159

41:線香花火-③

「じゃあ、帰る?」


 そう言った慎吾を見て、奈緒子がかすかに笑い、


「わたしは帰らないよ」


 と、言った。


「え、どういうこと?」

「やっぱね、血塗れナースに会いたいから、今日と明日はここに泊まろうと思うの。家には帰らないつもり」

「えー、でもそれマズいよ。家出ってことじゃん」

「大丈夫だよ、二日くらい。どうせ、心配するヒトなんていないんだから」

「でも、ゴハンとかどうするの? お風呂とか着替えとかは?」

「ゴハンはどこかで買えばいいじゃん。お風呂も二日くらいなら大丈夫でしょ。それに着替えは、もうここに準備してるからね」


 そう言って、奈緒子がボストンバッグを指さした。その顔には「なにを言っても無駄だ」という固い意志が、ありありと浮かんでいる。


 こういうとき、慎吾は奈緒子に何も言えない。


「ぼくは、帰らなきゃ」

「うん」

「……『一緒に残って』って言わないんだね」

「強制はわたしの趣味じゃないから。夜につきあってもらってるだけで十分だよ」

「それを《命令》にすればよかったのに」

「アハハ、そうだね。でもそしたら、チャーが彫刻家にならないじゃん。だからいいよ」

「でも」

「でもとか言わないで。知らないの? 女子にはね、ひとりになりたいときがあるんだよ」

「それは男子もおなじだよ」

「いいから。もう帰っていいよ」

「……うん、分かった」


 207号室にもどり、恥ずかしげもなく大きなあくびをした奈緒子が、眠たそうにベッドへ腰を下ろし、名残惜しくたたずむ慎吾へ、意地の悪い笑みを浮かべて手を振った。


「……じゃあ、もう帰るよ。気をつけてね」

「うん。また明日」


 外に出て、暗い夜道を歩いていると、今までに感じたことの無いほどの寂しさが芽生え、慎吾は振り返って、遠くに見える廃病院の大きな黒い影を見上げた。


 あの大きな黒い影が、いつもみんなで遊んでいる秘密基地だとはとても思えなかった。


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