39:瀬戸正次ー①
八月二十八日。
まだワチコと直人は来ていない。
「ふたりは、今日も来ないのかな?」
おなじことを考えていたらしい奈緒子が呟いた。
「うーん、どうだろうね」
「セト君の家には行かないの?」
「ひとりじゃいけないよ」
「ついてってあげようか?」
「い、いいよ。奈緒子とセト君は関係ないでしょ、悪いよ」
同伴を拒否された奈緒子が、心なしむくれて天井を見上げる。
マットに座る慎吾からは、その全身がつぶさに見てとれた。そうやってベッドに寝転がる奈緒子を見つめていると、少しだけヘンな気持ちになる。
それをごまかすよう咳払いをして、下方に目をやると、横倒しのままの紙袋が見えた。
「ねえ」
「なに?」
「きのう脅かした人たちさ、大丈夫だったかな?」
「大丈夫でしょ。それに、わたしたちの秘密基地に勝手に入ってきたんだから、あれくらいのことをされてもしょうがないよ」
「う、うん」
「あ、昨日さ、チャーが見た、あの赤いナニカってなんだったんだろうって考えてたんだけど、やっぱりアレは『血塗れナース』だったんじゃないかな、て思うの」
「そんなワケないじゃん」
「でもさ、都市伝説って、信じてる人が増えると現実世界にホントに現れるんでしょ?」
「それは、ミオカさんが言ってただけだよ」
「でもそれがホントだったらさ、あのときに、なんで血塗れナースが出てきたのかの説明がつくんだよね」
「へえ、どんな?」
「だからさ、あの時ここにいた人たちって、ぜんぶで五人でしょ。その人たち、わたしたちのイタズラのせいで、ここにホントに『血塗れナース』がいるんだって、心の底から信じたんだと思うの」
「だろうね」
「その信じる力が病院を包み込んだんだよ、きっとあの時」
「でも信じてる人って言っても、たった五人だよ。少なすぎるよ」
「でも都市伝説を聞いて『いるのかもしれない』ってちょっとだけ信じてる人が、もし百人いたとしてさ、それと『心の底からいる』って信じた五人の心の力って、どっちが強いのかな。わたしは心から信じてる人がいれば、人数は少なくてもいいんじゃないかなって思うけど」
「人数じゃなくて、一人一人がどのくらい信じてるかってこと?」
「そうそう。それにわたしも信じてるしね」
「でも奈緒子は、ここではじめて会ったときは、『血塗れナース』なんかべつに信じてないって言ってたよね、たしか」
「まあ、あれから色々あったからね」
その言葉に、今まで行った都市伝説の場所を思い出した慎吾は、UFOや、大きなネズミや、たそがれ坂の下で涙をこぼした奈緒子の横顔やらを、頭に浮かべた。
「じゃあ、これから夜は、あんまりここに来ないほうがいいかもね」
「でも、会ってみたいけどなあ」
無邪気に笑う奈緒子が、少し怖かった。
「だれに会ってみたいんだ?」
入り口から声がして、そこを見やるとワチコが立っていた。
「あ、来たんだ」
奈緒子が座り直す。
そのとなりに座ったワチコが、ふたたび、
「ねえ、誰に?」
と、奈緒子にたずねた。
「うん、血塗れナースに」
「いないよ、血塗れナースなんて。ナオちゃんて、たまにバカみたいなこと言うよな」
「でもそんなこと言ったら、ワチコちゃんが『失恋大樹』のことを信じてるのはどうなの?」
「アレはちがうよ。アレは、ホントだから」
奈緒子の反論に困り顔を作るワチコに、ふと正次の影が重なった。




