3:席替えー③
頭の中で、「意志の力が強ければ、奇跡は自ずとやって来る」という、目羅博士の名台詞を何度も呟きながら、回ってきたくじ引きの箱に手を入れ、エサをねだる猫のように手にまとわりつく一枚の紙片に、全人生を懸けた。
そして、《11》とサインペンで汚く書かれた紙片を何度も確認し、勇気を出して、
「山下さん、何番だった?」
と、何気ない風をよそおって訊くと、
「うん、わたしは《5》だよ。宮瀬君は?」
こともなげに言って、山下奈緒子が微笑んだ。
5と聞いた瞬間、もうどうでもよくなってしまった。5番と11番じゃあ、全然ちがう。前のほうと後ろのほうだ。
となりの席という理由だけで話してくれているだろう山下奈緒子と、これでお別れなんだと思うと、なにもかもがイヤになった。
「ぼくは11だ、です……」
「そう、じゃあちょっと離れちゃうね」
「うん……」
「お前どこになったの?」
学の問いかけに慎吾は答える気にもならず、無言で移動の準備をはじめた。
慎吾は窓がわのいちばん前の席で、山下奈緒子は廊下がわから二番目の一番うしろの席。
絶望的な距離だ。
そしてそこへ移動してさらに頭が痛くなった。
うしろの席には、ガリ勉メガネの純平、となりの席には、あまりしゃべったことのない、バレーボール部の桑田吉乃。
ぜんぜんいい席じゃない。
ため息を吐いて、山下奈緒子の席を見やると、そのまえの席はワチコで、右どなりは太一、そして左どなりは直人だった。
ますます近づけやしない。直人も太一も苦手だし、ワチコには近づきたくもなかった。
こうして、短いバラ色のひとときに、完全なる終止符が打たれたのである。
絶望に顔をこわばらせながら窓の外に目を走らせると、黒い梅雨雲がとおくで低い雷音を轟かせていた。
慎吾は、胸のなかで「また眠れなくなるかもしれない」と独りごち、これから始まる大嫌いな夏を思っては、ため息を吐かずにいられなかった。




