38:イタズラー①
その夜。
慎吾は、ビルの隙間に身を潜めながら、バラバラ女をぢっと見守っていた。
正直、驚かせすぎているような気もする。
慎吾が来れなかったあいだにもこのイタズラをやっていたのだから、その人数は相当なものになっているのではないだろうか?
それにバラバラ女を演じているときの奈緒子は怖すぎた。昼には見せないほどの冷たい表情もたまに作るし、その声は、まるで本当の『バラバラ女』なのではないかと思わせるほど真に迫っていた。
「ねえ、もういいんじゃない? 十時だよ」
預けられた目羅博士の腕時計で確認しながら言うと、
「まだまだ。もっともっと頑張んなきゃ溶かせないよ」
と、刺すように冷たいバラバラ女の声が応えた。
「でも、もう帰らなきゃ」
「まだ十時でしょ?」
「もう十時だよ」
今日はもう本当にやめた方がいいのではないだろうか、と冷や汗をかく。
いくら奈緒子でもさすがにこんなにやり続ければボロを出すにちがいないのだ。
「ホントに、もう帰ろうよ」
「……そうしたいの?」
「うん」
「分かった」
いやにあっさりと承諾した奈緒子が着替えるのを、外に出て待ちながら、夜だというのにうるさく鳴き続けるセミの声をなんとはなしに聞いていると、
「お待たせ」
と、肩を優しく叩かれた。
振り向くといつもの奈緒子がそこにいて、ようやく不安感から解放された。
「帰ろう」
「うん、でもわたしは荷物を病院に置いてから帰るから、チャーは、さきに帰ってていいよ」
「いつもみたいに、家に持って帰ればいいじゃん」
「うん、でもコレ、あのヒトに見つかりそうになっちゃてさ。最低なんだけど、あのヒトってば、わたしの机の引き出しとか見てたみたい。それで《都市伝説コレクション》のあの聴診器を持って、『ナオちゃんは、お医者さんごっことかするのかな?』って、キモチワルク言われちゃってさ。箪笥に隠してたからなんとか《バラバラ女セット》は見つからずにすんだんだけど、ほら、やっぱりコレとかは没収されちゃうでしょ」
奈緒子が包丁を取りだし、冗談めかして慎吾にその切っ先を向けた。
「や、やめてよ」
「アハハ、ごめん。でもホントにね、病院に置いてくのが、いちばんいいと思うの」
「じゃ、じゃあ、ぼくも一緒に行くよ」
「いいよ、来なくて」
「ダメ、絶対に行くよ。ひとりだと危ないし」
奈緒子が驚いたように、視線を向けてきた。
夜であまり顔も分からないせいか、このとき、はじめて慎吾は目をそらさなかった。
するとすぐに奈緒子が視線を逸らして、
「分かった。じゃあ、一緒に行こ」
と、うしろ手に提げた紙袋を揺らしながら言った。
「うん」
これからさき、奈緒子が今より不幸になることは絶対にあってはいけない。その不安の芽は、ぼくが摘み取っていけばいい。
そう胸に誓い、並んだ奈緒子の横顔をそっと窺うと、蛍の光よりも淡い笑みが浮かんでいた。




