36:おかえり-➁
「でもホントにもうやらない方がいいと思うよ。初めてやった時だって、純平にバレちゃったじゃないか」
「いいの、バレても」
なぜか語気を強めてこたえる奈緒子。
「でもさ、二学期になってから『バラバラ女』の話を……」
慎吾はハッとして口を噤んだ。
物憂げな笑みを浮かべる奈緒子が、すべてを物語っていた。
「ぼくはバカだ!」と、慎吾は心の裡で叫んだ。
きっと奈緒子は、二学期からクラスメイトとのあいだに、取り除くことができないほど高くそびえる壁ができるのだと、直感しているのだ。
たぶんそれは現実のものとなる。
登校日のときのみんなの目が、それを確信的なものだと予感させる。
慎吾は、あの、奈緒子の家に行ったときに聞かされた、長い独白をおぼろげながらに思い出した。
前の学校でイジメられて、この町に引っ越してきた奈緒子。
彼女もまた、前の学校でのできごとを思い出していたにちがいない。
太一に至っては、すぐにも奈緒子を標的としていたし、紀子やその他のみんなも、きっと奈緒子に、言いようのない嫌悪感を抱いているにちがいなかった。
だから、奈緒子は夏休みのあいだに『バラバラ女』を町に広めようとしているのだ。四人で作った『バラバラ女』を町に広めることこそを、奈緒子にとってのこの夏休みの最高の思い出にしたいのだろう。
そこまでを考えて、慎吾はそのあとに起こるだろう、あることに行き着いた。
奈緒子はイジメによって、前の学校を転校せざるをえなかった。
今回もそうなってしまう可能性が高い。
それは……そんな…イヤだ……奈緒子ともう会えなくなるなんて考えたくもない……
「……分かった。夏休みが終わるまでやろうよ、そのドッキリ」
「おい、デブなに言ってるんだよ! やめさせるのがお前の役目だろ!」
声を荒げるワチコに、目顔で意志は揺らがないことを伝えると、ワチコはヤレヤレと首を横に振って、わざとらしいため息を吐いた。
「でもおれ、きのう母ちゃんに家を抜け出してることがバレちゃってさ、夜はもう来ることできないよ」
「あたしもだよ。宿題が溜まってるから、今日から夏休みが終わるまで、夜は、ずっとお母さんと一緒に宿題をやらなきゃいけないんだよ」
「いいよ、べつに二人は。今日からは、チャーとやればいいもんね」
「う、うん」
「チャーは大丈夫なのかよ、宿題は?」
「う、うん。来なかったあいだに、大体は終わらせたから」
「ナオちゃんは大丈夫なの?」
「とっくに終わらせてるよ」
「さすがですねえ」
憎まれ口を叩いた直人の肩に、奈緒子が拳を優しく突き当てた。
ワチコが笑い、慎吾もたまらずに吹き出していた。
今日から夏休みが終わるまでのあいだは、奈緒子の気がすむまで付き合ってやろう。
ふがいない自分にできることは、それくらいしかないのだから。
そう胸に誓い、慎吾は、笑う奈緒子の横顔をそっと見つめた。




