36:おかえり-①
廃病院の敷地へと続く、観音開きの大きな鉄扉を前にして、ほとんど一週間ぶりだな、と慎吾は感慨にふけっていた。
空に浮かぶいくつもの羊雲まで、そのことを祝福してくれているようだった。夏草の香りを湛えたそよ風も、同様にやさしく頬を撫でてくれる。遠くに聞こえるセミのやかましい鳴き声すらもが、心地よく胸に染み渡った。
しばらく来られないうちに分かったことがある。それは、この廃病院こそが自分の居場所で、奈緒子と直人とワチコはかけがえのない友だちで、そして今年の夏休みは、いままでの中で、最高に楽しい夏休みだということだった。
八月二十六日。
あと六日で夏休みが終わるというのに、胸の裡には《憂鬱》の二文字は存在していなかった。
気がつくと、早くみんなに会いたいという思いが、いつもなら考えられないほどの速さで足を動かしていた。
「おかえり」
207号室に汗だくのままで飛び込むと、奈緒子の透きとおる声が迎えてくれた。
「ひさしぶり」でも「おはよう」でもない、温もりのこもる言葉。
慎吾はそれがなんだか気恥ずかしくて、
「た、ただいま」
と、視線を床に落として言った。
マットに寝転がる直人が起き上がり、頬をかきながら慎吾を笑顔で迎える。ワチコもおなじ表情で、慎吾は、やっぱりここが自分の居場所なんだな、と感じた。
「風邪はもう平気なの?」
「う、うん。昨日ずっと寝てたら良くなった。まだちょっとノドは痛いけど」
鼻をすすりながら答え、マットに腰を下ろしてアグラをかいた。久しぶりに尻に感じる硬いマットの感触も、この時ばかりは心地よかった。
「チャーがいないあいだ、大変だったんだからな」
「え、なんで?」
「最近、みんな『バラバラ女』のことを噂してるらしくてさ、ホントは二学期までおとなしくしていた方がいいんだけど、奈緒子がまた調子に乗って《バラバラ女のイタズラ》をやりたいとか言ってさ」
「だって、そのほうが面白いじゃん。わたしたちが考えたバケモノがこの町の噂話になってるってだけで、なんかワクワクしない?」
「んでさ、二十二日だっけ、そんくらいから、また夜にあそこで人を驚かしてるんだよ」
「へえ。でもさ、みんながそういう噂話をしてるんだったら、もうそういうのをやるのは危ないんじゃない? 信じてない人が、正体を確かめようとかするんじゃないかな?」
「まあ、おれもワチコもそう言ったんだけどさ、でも奈緒子があの格好であの場所に立つと、なんか信じられないんだけど、みんなビビって逃げちゃうんだ」
「わたしの演技力のタマモノってやつね」
胸を反り返して威張る奈緒子に、バラバラ女のあの恐ろしい面影が重なる。
「で、今日もやるの?」
「ちがうよ、デブにはナオちゃんを止めてほしいんだよ」
ワチコのしかめ面が、奈緒子の笑い声を誘った。




