35:夏風邪ー➁
「ち、ちがうよ。夏風邪は今日、って言うか、さっきからだからね。昨日まではお父さんとお母さんが休みだったりして、行けなかったんだ」
「ふうん、まあいいけど」
興味もないといった様子の直人は、部屋の中を物色するようにのぞき込んだ。
「あの、花火の日さ、行けなくてごめんね」
気がかりでしょうがなかったことを詫びると、奈緒子が首を横に振って、
「いいよ、そんなこと気にしないで。それよりチャーの風邪のほうが心配だよ」
と心細げに微笑んだ。
「これからどこかに行くの?」
「ううん、べつにどこも行かないよ。チャーが四日も来ないから、ちょっと気になって来てみただけだから」
「そ、そう。ありがとう。でも今日も、ちょっと一緒に遊べなさそうだよ」
「うん、分かってる。早く治してね」
「うん」
「じゃあ、もう行こうぜ。デブに風邪をうつされるのもイヤだし」
「そうだな。じゃあ、早く風邪治せよ。チャーがいないと面白くないからさ」
「う、うん」
直人とワチコが庭を出て行っても、まだ奈緒子は目の前に立って、慎吾を心配そうに見上げていた。
「奈緒子も行きなよ。ホントに風邪うつしちゃうよ」
「……うん。無理しないでね」
そう言って庭を出て行った奈緒子の、バラの残り香が鼻をくすぐり、慎吾は大きなクシャミをした。
久々に会った三人が、自分の病状を気にかけてくれたことが嬉しかった。
あの日、行けなかった本当のワケを奈緒子に言うことはできなかったが、これで一応の赦しをえたのではないだろうか。
そう思って気を抜くと、すぐにまた全身を悪寒に覆われた。
慎吾はまた布団に戻り、奈緒子の笑顔を何度も頭の中に描いているうち、そのままゆっくりと深い眠りに落ちていった。




