34:家族ー⑤
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八月二十四日。
「もうゆるしてください!」と、慎吾は胸の中で何度も何度も叫んでいた。
今日は両親ともに休みで、都内の映画館まで足を伸ばすことになってしまっていた。
映画館の、子どもにはまだ少し大きいフカフカの座席に深く体を預けながら、慎吾は紙コップに入った薄いコーラをストローで何度となく飲んでいた。
ポップコーンはノドを渇かす悪魔だ。
そのせいで、上映時間が半分を過ぎた頃には、もうすっかりコーラを飲み干してしまっていた。目の前の大きなスクリーンで、外国の筋肉スターが、縦横無尽、八面六臂の大活躍をしている。
まるで面白くなかった。
去年も、その前の年にも観たことのあるような、ステレオタイプのアクション映画には興味を持てるはずもない。
となりのお父さんに気づかれないように小さくため息を吐いた慎吾は、冷房の効きすぎた場内にも辟易として身を震わせながら、半袖のTシャツで来てしまったことを激しく後悔していた。
映画なんか嫌いだ。大きな画面でウソを流すということは、大ウソってことじゃないのか?
そんなバカなことをふと思い、慎吾は苦笑した。
映画が終わり、近くのファミレスで食事をすませて車の後部座席で一息を吐く頃には、もうすっかり空は茜色へと様変わりしていた。車内へと射し込む茜色が、手に持つミネラルウォーターのペットボトルを、おなじ色に染め上げている。
今日も廃病院には行けそうもないな、と思いながら満腹感に眠気を誘われた慎吾は、そのままウツラウツラと頭を揺られながら眠りに落ちた……
……肩をお父さんに揺さぶられて目を覚ますと、いつの間にか家に着いていた。
車から出た慎吾は不意に悪寒を背筋に感じた。そして大きなクシャミとともに、鼻水が宙を舞った。映画館と車内の冷房のせいで、どうやら風邪をひいてしまったらしい。
「大丈夫?」
お母さんが、心配そうにして慎吾の額に手を当てた。
暖かい感触が、なんだかくすぐったかった。
「熱はないみたいね」
「そうか、今日はもう寝なさい。疲れてるだろうからな」
「う、うん」
慎吾は言われるがままにすぐに布団に入り、部屋の電気を消して出て行くお父さんのうしろ姿を、なんとはなしに見送った。
それにしても今日は疲れた、と心の底から思い、車でいっぱい寝たはずなのに、すぐ眠気に袖を引かれてそのまま夢の中へ沈んでいった。




