34:家族ー③
正直、いまはそのことが、ありがた迷惑だった。こんな時でもなければ少し、いや大いに嬉しいことなのだが、今夜はまずい。
だがやはり口が裂けてもそれを言えるはずもなく、唯々諾々とお母さんの提案に首を縦に振らざるをえなかった。
六年生にもなって、両親と一緒に寝ることがあるなんて思ってもみなかった慎吾は、川の字の真ん中で、それでも奈緒子たちのことが気がかりでしょうがなかった。
無情にも、襖の向こうから台所の壁掛け時計が十一時を告げた。
薄暗い寝室の天井をぢっと見ながら、右で眠るお母さんから漂うシャンプーの香りを胸一杯に吸い込み、左に眠るお父さんの豪快ないびきを聞いているうちに、「当たり前だけどこれがぼくの家族なんだな」とふと感じ入り、急に胸がホンワカと暖かくなった。
◆◆◆
次の日も、そして次の日も、両親のどちらかがつきっきりで、なかなか病院に行きたいことを言い出せずに、ズルズルと二十三日になっていた。
共働きのはずの両親が、どういう風にして時間に都合をつけているのか分からなかったが、さすがになんの連絡もせず、三日も廃病院に顔を出さないのはまずい。
そう思ってラジオ体操の時に直人を捜しても、たぶんサボっているのだろうその姿は、見当たらなかった。
「ね、ねえ、お父さん」
「ん?」
遅々として進まない算数の宿題を目の前にした慎吾は、それにつきっきりのお父さんに意を決して話しかけた。
「あのさ、ぼく髪を切りたいんだけど」
「そうか」
「な、直人のとこのお母さんの美容室に行きたいんだけど」
「そうか。お前、いつもそこで切ってたっけ?」
「う、ううん。そうじゃないけど。たまにはオシャレに気を遣ってみようかな、なんて思っちゃって」
これは苦しい賭けだった。
普段なら、そんな軟派な理由をお父さんが許すはずはなかったが、この数日の優しげな態度を鑑みるに、五分五分の確率になっているような気もしていた。
本当の理由は、直人に会って、しばらくは廃病院に行けないと伝えることと、それからあの花火をすると約束した日は大丈夫だったか? と訊くことだった。
「そうか。じゃあ、お父さんも一緒に行こう。髪も伸びてきたしな」
「え、一緒に?」
「イヤか?」
「イヤ、じゃないけど」
渋々と同伴を受け入れた慎吾は、お父さんと連れだって、直人のお母さんがやっている美容室へと向かった。
「いらっしゃいませ……あら、慎吾君」
「こ、こんにちは」
「慎吾君のお父さんも珍しいですね。今日はお仕事は?」
「今日は休みです。気分転換にね、久々に髪を切ろうかと思って。慎吾もよろしくお願いします」
「はい。分かりました」
さきに髪を切ることになった慎吾は、セット椅子に座らされ不慣れな腕を通すタイプのクロスで身を包まれながら、
「あの、直人は今日はいますか?」
と、待合スペースで、手持ち無沙汰に婦人雑誌へ目をとおすお父さんに聞こえないよう、小声でたずねた。
「ああ、直人ならどっか遊びに行っちゃったわよ」
「そ、そうですか」
「なにか伝えておくことある?」
「いえ、べつにいいです」
「そう。あの子、あんまり友だちいないみたいだから、仲良くしてあげてね」
「は、はい」
髪を、今までやったこともないくらいにオシャレな感じにしてもらった慎吾は、その違和感に戸惑う鏡の中の自分と目を合わせながら、どうしていいかも分からないままにそのままシャンプーをすませ、お父さんの前に立った。




