29:犯人ー④
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神社の石段を無理矢理にのぼらされた次郎は、もうすっかり抵抗する気も失せてうなだれていた。
そのうしろ姿に、なにを言って良いものか分からない。
「行くぞ」
直人に尻を蹴り上げられ、ギプスに邪魔されて左足の曲がらない次郎が、よろめく。咄嗟に体を支えた慎吾の手を振り払い、悲しみとも怒りともつかない表情で睨みつけてきた次郎は、すぐに目を逸らして、その足を気にかけながら歩き出した。
「お、どこに行くのか分かってるの?」
直人が、チクリと次郎を刺す。
「うるせえよ、証拠が無かったら帰るからな」
「はいはい」
直人がわざとらしくため息を吐いて、次郎の横に並ぶ。
もはや完全に開き直った次郎が、失恋大樹の前で直人と対峙した。
「で、証拠は?」
「まあ、今さら証拠なんか出さなくてもいいとは思うけど、一応ね。チャー、松葉杖」
「あ、うん」
言われるがまま直人に松葉杖を渡すと、次郎はその意味が分からないという表情を作った。
慎吾にも、その意味は分からなかった。
「この松葉杖が証拠。お前さ、知ってるかどうか分かんないけど、おれたち、あの日にはもう名前が書かれてるのに気づいてるんだよ」
「な、なんでだよ?」
「まあ、色々とあってね。ワチコが毎日ここに来て名前を確認してたんだよ」
「なんだよ、それ……」
「でさ、あの縁日のときも、まあその時はおれも一緒にいたんだけど、ここに来て名前を確認したんだよ。そしたら名前があった」
「だから、なんでおれが犯人なんだよ、お前の名前を書く理由なんてねえよ!」
「おれの名前とは言ってねえよ、チャーのかもしれないじゃん。まあ、いいや。でさ、あの日ってさ、夕方くらいまで雨が降ってただろ。だから、ここらへんの土が湿ってたんだよ」
「そ、それがなんなんだよ」
「最後まで聞けって。湿ってたからさ、足跡とかがつきやすかったんだな、あの日は。そんでさ、地面をよーく見て気づいたんだけど、土にさ、丸い穴が点々とついてたんだ。たぶん、この松葉杖の跡だと思うんだ」
「バ、バカじゃねえの。そんなのもう残ってないだろ。証拠に無んねえよ」
「でもさ、その跡って、まだ残ってるんだよ」
「え?」
直人が地面を指さした。
そこには確かに小さな丸いくぼみが点々とついている。
「これと、この松葉杖の先っぽがピッタリ合ったら、お前が犯人なんじゃねえかな。まあそんなことしなくても、もうお前、いっぱい変なこと言ってるから無駄だけど。どうする? ダメ押しで合わせた方がいい?」
直人が次郎に詰め寄った。
追いつめられた次郎は、ついに観念したらしく、深いため息を吐いた。
「……おれが書いたよ、認める」
「やっと認めたかー。ああ、疲れた。ワチコ、もう出てきていいぞ!」
顔を緩めた直人が、うしろの生け垣に向かって呼びかけ、その声に応えるようにしてワチコが穴から這い出てきた。
その手には、松葉杖。




