29:犯人ー①
「だから言っただろ、病院にいた方がいいって!」
病院に着くなり、ワチコが喚き散らした。
まだ興奮冷めやらない慎吾は、鼻息の荒いままマットに崩れ落ちた。
「……なんなんだよ、あのおっさん」
ベッドに座ってつぶやく直人の膝が、筋肉疲労からなのか恐怖からなのか分からなかったが、笑っていた。
「で、でも大丈夫かな、ミオカさん」
「なんか分からないけど、あんなオッサンのこと心配しなくていいよ。あれは、あいつは変質者だな。目がおかしかった。お前も見たろ、あの目?」
「う、うん。おかしかった」
「罰だよ、『失恋大樹』の!」
「まだそんなこと言ってるのかよ。くだらねえ!」
「バカ、お前ひとりだったら、なにをされてたか分からないぞ。きっとこのままじゃあ、まだまだなにかが起きるんだよ。お前、このままだったら死んじゃうかもしれないぞ」
「……だからウソだって」
直人の声が、心なし小さく聞こえた。きっと頭では『失恋大樹』のことを否定しながら、心の奥底では、それが本当のことなのかもしれないと怯えているのだ。
「直人さ、名前を書いた犯人、分かってるんでしょ?」
「うん」
「じゃあさ、その犯人に、彫った名前に×印をつけさせようよ」
「そうだよ、デブの言うとおりだよ。今日、ていうか、今すぐにやった方がいいって」
「……分かったよ」
立ち上がった直人は、深呼吸を一つして、ゆっくりと、
「でもさ、まだ完全に犯人かどうか分からないからさ、作戦を立てなきゃな」
と、言った。
「作戦?」
「ああ」
ワチコに耳打ちをする直人。その声は聞こえなかったが、みるみるうちに変わるワチコの表情から察するに、恐らく犯人の正体を教えられているのだろう。
「……分かった。じゃあ、先に行ってるから」
「ああ」
慎吾を一瞥して、ワチコが207号室を出ていった。
「ね、ねえぼくにも犯人を教えてよ。それにワチコはどこに行ったの?」
「まだチャーには教えられない」
「なんでさ?」
「なんででも。作戦なんだから、黙っておれについてこいよ」
真顔の直人には、それ以上なにも聞くことができなかった。




