2:『妖怪博士 目羅博士』ー③
「うわ、すっげ! じゃあ、『妖怪博士 目羅博士』のファンなんだ?」
「うん、でも微妙かな。変なとこあるし」
「変ってなにが?」
「タイトルが」
「ええ、タイトル? よく分かんないや。どこが変なの?」
矢継ぎ早に繰り広げられる二人の会話になかなか入れない慎吾は、答えを言わず、意地悪そうに微笑む山下奈緒子を伏し目がちに見ながら、タイトルの謎について考えを巡らせた。
あんな、ぼくらと歳の変わらない少年が博士と名乗っていること? いや、そんな設定のことじゃないはずだ。じゃあなんだろう。うーん、分からない。
チラと横目で学を見やると、眉間にいくつものシワを寄せて天井を見上げていた。学よりも先に真相にたどりついて、山下奈緒子に感心されたい……でもやっぱり全然わからない。
「どうした? アホみたいな顔して」
そこに直人がやって来て、学の真剣な顔を見て苦笑した。
「山下さんが、『妖怪博士 目羅博士』のタイトルが変だって言うんだけどさ、よく分かんないんだよ」
「ふうん、お前らあんなくだらないモンまだ読んでんだ」
「く、くだらなくないよ。面白いんだから」
慎吾が思わず抗弁すると、いつもの人を小バカにしたような顔を作り、
「ああ、そう。でもタイトルの変なとこに気づいてないんだろ?」
と、直人はこともなげに言った。
「じゃあ、お前は分かんのかよ?」
言葉に窮した学が、ヤケクソ気味に直人へたずねた。
「当たり前じゃん。てか、なんで分かんないの? 山下の言うとおり変じゃないか」
「だから、それが何かって」
学の声をさえぎるように、始業チャイムが鳴り響いた。それとともに教室へ入ってきた町山先生に気づき、直人はそそくさと自分の席に戻ってしまった。
「ちぇ、なんだよ。おれやっぱなんかよく分かんないけど、アイツ嫌いだ」
「でも、林君だっけ? 林君は気づいてるみたいだね」
含み笑いを浮かべた山下奈緒子が、机をスッと慎吾のそれにくっつけて、
「教科書見せて」
と、微笑んだ。
「う、うん」
急な行動にドギマギとしながら、慎吾は、算数の教科書を机と机のあいだに置いた。山下奈緒子が机の中から取りだした、ピンクのノートの表紙に書かれた《算数》という文字がとてもキレイで、自分のノートに書かれた汚い文字が無性に恥ずかしくなる。
「ね、ねえ、山下さん」
「ん?」
「なにが変なのか教えてよ」
「うん。でもべつに難しいことじゃないし、大したことでもないから、聞いたらがっかりするかも」
「いいよ。教えて」
「うん。タイトルのなかに《博士》が二個も入ってるってところ」
「え、それだけ?」
「それだけ」
ポカンとする慎吾を見て、山下奈緒子が口の端を緩めた。
そんな些細なことにすら気づけず、それを教えてもらった今でもイマイチよく分かっていない慎吾は、きまりが悪くなって思わずゲップをしてしまった。
「宮瀬君、大丈夫?」
町山先生が心配そうに声をかけてきた。それがまたどうしようもなく恥ずかしくて、ふたたび、今度はさらに大きなゲップをしてしまい、みんなの笑い声が教室中にドッとわき起こった。
「で、でもさ、その時計ってオトコモンでしょ?」
「うん。でもこれは大切な物だから」
微笑む山下奈緒子に頬を赤らめた慎吾は、初めておしゃべりできたことと、彼女の笑顔を見られた幸せに、天にも昇るような気持ちになっていた。




