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第7話 記憶遡行⑤

今回もなんとか水曜日に間に合いました。

 あさ ごはんの まえに わたしは


 おうちの にわで クローネおねえちゃんの マネを してみた。


 てに ぎゅーって すると なんだか ぽかぽか する。


 ()も ぽかぽか する から


 きっと これが まほう なんだ。


 ぽかぽかを ()に してみたくて


 わたしが もっと ぎゅーって してたら


 パパと ママが ごはんだよ って よびにきた。


 だから わたしは――わたしは、振り返った。


 ▼


 現実へと帰還したマキオが、再び<記憶遡行>の魔導書に触れてククルゥの『記憶の回廊』へと戻ってきたとき、ちょうどクロも一時的に記憶の欠片を外から眺めているところだった。

 声を掛ける前に、黒猫は振り向きざまに言う。


「早かったの」

「ただいま戻りました。そう難しい話ではなかったようです。簡単に言えば『仕様』ですね。術式が乱れたり誤作動をしたわけではありませんでした」

「ほう? ま、詳しい話は後で聞くとして、ちょうどククルゥ嬢ちゃんが……ああ、過去の方のククルゥ嬢ちゃんが起きるところじゃ」


 そう前足で指し示す欠片にマキオが触れれば、幼いククルゥがもぞもぞと布団から這い出してくるところだった。寝間着代わりらしい、簡素な長丈のシャツ一枚で布団の上に座り込むと、僅かな時間だけぼーっとしていた様子だったが、すぐにテキパキと動き出すと布団を整え、シャツを着替え、元気よく部屋を出ていく。


「このとき、儂らは確か出立の支度中じゃったな」

「そのはずです。まだお借りした部屋にいる頃ですね」


 映像の中で動き回るククルゥを見ながら、マキオはふと気になったことを尋ねる。


「そういえば師匠、僕がいない間はずっと外から見ていたんですか?」

「いや、途中までは主観じゃったぞ。途中で勝手に視点が切り替わったようじゃな」


 それを聞いて、マキオは先程調べたばかりの仕様を思い出す。共通している記憶を再生する場合は術者も主観視点となる。ということは、途中で別行動をとった場合は視点が切り替わる、ということだろうか。慣れないと中々に目が回りそうだ。

 と、追加で考察を重ねるマキオに、黒猫から声がかかる。


「そろそろじゃぞ」


 思考を一時中断して欠片に目をやれば、そこには庭で遊ぶククルゥが映し出されていた。いや、遊んでいるのではないと、二人は既に知っている。このときに気が付いていれば。

 そう思ってみても、過去に戻ることはできない。今見ているのはあくまでも過去を映したもの。手の届く位置に見えていても動かすことはできない影なのだ。

 ククルゥの背後から、両親が近付いていく。二人の足音は、カウントダウンのようだった。


 ▼


 ズン、と腹に響いたそれは音というよりも衝撃そのもの。同時、僕と師匠は即座に部屋を飛び出した。他所様の家の中を走るなんて非常識かもしれないけれど、この際許してもらおう。朝食時に爆発音がするなど、どう考えても尋常ではないのだから。

 音がしたのは家の裏手。どうやら庭があるらしいが、その庭に続く扉は開け放たれて――否、吹き飛んでいた。


「一体、何が……」

「マキオ! はよう来い!」


 昨夜の平和な光景からは考えられない破壊のあとに愕然として立ち止まってしまった僕を、師匠が叱咤しったする。既に外に出ているようで、声は扉だった場所の向こうから聞こえる。


「うっ……」


 一歩外に出た瞬間、錆びた鉄のような臭いが纏わり付いてきて、僕は思わずうめいてしまう。()()()に来てから既に何度も嗅いで、時には自分から漂っていたこともある『()()』。

 こんなときでも――いや、こんなときだからこそ、僕は反射的に警戒態勢に入る。一年にも満たない短い冒険者生活で学んだ数少ない教訓だ。しかし、その警戒はすぐに驚愕に塗りつぶされた。


「バハルゥ殿、トトリィ殿! しっかりするのじゃ! 傷は浅いぞ!」


 師匠が血溜まりの中にしゃがみ込んで呼びかけている相手は、ククルゥちゃんのお父さんとお母さんだ。そしてその向こうから聞き逃しそうなほどの小さな声がして、そちらへ目を向ければ。


「あ……いや……パパ……ママ……」


 返り血を浴びたククルゥちゃんが、意識を失って倒れるところだった。


 ▼


 起きたら、布団の中にいた。

 もぞもぞと身を起こして周りを見渡せば、そこは見慣れたわたしの部屋だ。寝起きでぼーっとしていた頭が段々ハッキリとしてきて、わたしは最後に見た光景を思い出した。

 声をかけられて振り返った瞬間、わたしが手に集めていた『ぽかぽか』が急に暴れだしたこと。

 爆発がパパを、ママを、吹き飛ばしたこと。

 パパとママのズタズタになった服から、血に染まったお腹や腕が見えていたこと。

 吹き飛んだ衝撃で気を失ったらしいパパとママに、魔法使いのお兄さんとお姉さんが駆け寄ったこと。

 顔にかかった血の温かさ、その臭い。

 それは()()()()()()には、とても受け止めきれない現実。怖くて、悲しくて、大声を上げて泣いた。


「ククルゥ? どうしたの?」


 隣の部屋から顔を出したのは、いつもと変わらないママだった。怪我をした様子なんてどこにもない、いつもの優しいママだ。わたしが泣いているのを見て、すぐに抱きしめてくれた。


「怖い夢でも見たのね。大丈夫よ」


 そう言って頭を撫でて、背中を擦ってくれた。泣き声を聞いたパパも後からやってきて、ママと一緒に抱きしめてくれた。

 涙は、なかなか止まってくれなかった。

 その後、落ち着いたわたしは両親に連れられて居間に行き、魔法使いのお兄さんとお姉さんを紹介された。森で迷っていたわたしを助けてくれた二人だ。村に到着するまでにわたしは眠ってしまい、日が暮れる頃にようやく辿り着いた二人へのお礼として、今日は家に泊まってもらうのだと説明されて、無邪気にはしゃぐ()()()

 だけどわたしは、今のわたしは知っている。これが両親と、二人の魔法使いの優しい嘘だったと。あの事件を無かったことにする為に、昨夜の焼き直しをしているのだと。

 あの瞬間、()()()は怖かった。悲しかった。けれどそれ以上に悔しかった。許せなかった。大好きなパパとママを、傷つけてしまったことが。だから、次に魔法を使うときには、こんなことにはさせない。絶対に。そう決意した。

 その決意はきっと無意識のことだったのだと思う。()()()はこんなに理屈っぽく考えていなかった筈で……というかわたし自身、今こうして過去を客観的に見られたことで初めて気が付いたようなものだ。

 けれど()()()の決意は、実現することはなかった。子供の頃に見た()()()と一緒に忘れ去られた。優しい両親達が、()()()を悲しませまいとしてくれたから。

 結果として、()()()は大きなトラウマを抱えることもなく、どこにでもいる村娘として育った――育ってしまった。

 あの日から数年間、両親に負い目を感じることもなく、あまつさえありがちな若気の至りで村の生活を退屈と断じて、計画性も、こころざしもなく村を飛び出したのだ。

 恩知らずにも程がある。


「パパ……ママ……ごめんなさい……」


 呟いたのは、今のわたし。その声は過去には届かない。


 ▼


 闇色の空間に、二人と一匹が立っている。黒髪の青年と金髪の少女、そして黒猫。

 周囲で煌めくガラス片の輝きとは対象的に、少女の表情は暗い。魔法に興味を持ったきっかけを探るはずが、自らの罪を思い出してしまったのだから、無理もないことだった。

 少女は唇を固く結んで俯いたままで微動だにせず、それを見守る青年と黒猫もまた、声をかけあぐねている――と思いきや。


「お疲れさまでした、ひとまず休憩にしましょうか」

「……」


 その場に漂う重苦しい空気など感じ取れぬとばかり、青年は軽い調子で話しかけた。それはまるで、朝食に付けるゆで卵の固さをどうするか、と問う程度の気軽さで。

 青年が敢えてそうしたのだということは、俯いた少女にも声音から感じ取ることができた。しかし、やはり急に気持ちを切り替えることなどできるはずもなく、どうにもできない感情が採らせたのは沈黙の継続という消極的行動だった。

 そんな青年をフォローしようというのか、黒猫はその愛らしい容姿を十全に活用し、少女の足元へ身を寄せる。革ズボン越しの脚に押し付けられた、毛柔らかくて優しい感触がくすぐったくて、少女は黒猫の脇に手を差し入れて抱き上げた。

 そして時間にすれば少し前の、あまり詳細には思い出したくない『事故』の後にも、この黒猫ができる限りのことをして慰めてくれたことを思い出して――もっとも、わざとではないとはいえ原因を作ったのもその黒猫だったことも決して忘れてなどいないが――強張っていた口元と心を僅かながら緩める。


「また慰めてくれるんですね。ありがとうございます、クロさ……あ、ええと……」

「気付いたかの?」


 途中で何かを気にして言い淀む少女の顔を、黒猫は首を巡らせて見上げた。発したのは短い問い、というよりもむしろ確認というべきか。それが意味するところは一つだ。


「はい。クローネおねえちゃん……です、よね?」


 それを受けて確信を得たククルゥだが、答え合わせをする口調には、戸惑い半分、疑念半分といった心情が色濃く現れていた。出会った当初の呼び方を使ったのは、先ほどまで見ていた記憶の影響だろうか。ククルゥは記憶遡行の最中、割と早い段階であることに気が付いていた。

 それは、あの日迷子になっていた自分を助けてくれた二人組の魔法使い、その内の一人である男性冒険者が『黒猫印の魔導書屋さん』店主だということ。

 この二人が同一人物であることはすぐに断定できた。ただでさえ珍しい黒髪に加え、顔にも面影があり、さらに名前の一致とくれば疑いようがない。

 そして、もう一人の女性冒険者についても、言い知れぬ既視感を覚えていた。名乗った名前こそ違ったが、目の色と毛の色、そして何よりも特徴的な喋り方。こうして改めて黒猫を見れば、なるほど既視感の正体にも合点がいく。

 無論『ソーマおにいちゃん』が店主であった以上、その傍らで『クローネおねえちゃん』と同じ喋り方をする猫が無関係とは思っていなかったが、流石に人と猫をイコールで結ぶことはできておらず、今こうして本人(本猫?)から聞くまでは確証が持てないでいた――むしろ聞いた今でもちょっと信じられないというのが本音であり、確認に戸惑いが混じった理由である。


「うむ。久しぶりじゃな……というのは今更かの?」


 そう言って笑う黒猫の顔が記憶の中にあった冒険者のものと重なって見え、ククルゥは懐かしさを覚えると共に、再び罪悪感に囚われてしまう。

 しかし、その顔が曇ることを良しとしない者がここにはふたりいた。


「これ、そう暗い顔をするでない」

「やはり休息が必要ですね」


 クロからは何度目かのねこぱんち(にくきゅうばーじょん)が、マキオからは改めての休憩宣言が、それぞれなされ、次の瞬間には有無を言わせず、術者ふたりが<記憶遡行>の術式を停止させる。そうされてしまえば魔法をかけられた側であるククルゥに逆らう術はなく。


「あ、ちょっと待っ……!」


 抗議の声を上げたときには、既に現実世界に帰還した後だった。

 授業中に居眠りをした生徒のごとく、音がしそうなほどの勢いで伏せていたテーブルから上体を起こしたククルゥの視線の先では、黒猫が生暖かい目で出迎える。


「おかえりなさいませ」


 続けて横からの声。反射的に顔を向ければ、人の良さそうな笑みを浮かべる店主マキオがいた。


「あ、はい、ただいま戻りました……?」


 急激な景色の変化につられてか、返答に戸惑いはあれど暗いところはなく、それを確認したマキオはどこか満足気に頷くと、テーブルを挟んでククルゥの正面へと移動し、何処からともなく一冊の本を取り出した。大きさは文庫本ほど、白地に青い線で四角形を基調とした幾何学模様が描かれている。

 訝しげにそれを見るククルゥだったが、次の瞬間には眼を見張ることになった。


「ひとまずお疲れさまでした。休憩のお供に、こちらをどうぞ」


 そう言って()()()取り出されたのは、ホールケーキ。続けてナイフとフォーク、取り分け用の皿まで出てきたところでクロが声を上げた。


「マキオ」

「もちろんです」


 短く名だけを呼んだ黒猫は、自身の横ですっかり熱を失ったティーポットを尻尾で軽く叩く。青年も委細承知とばかり頷いて、すぐさま卓上のティーポットはじめ、カップやソーサーといったティーセット一式を本に収納し、新たに別のティーセットを取り出す。

 どういう仕掛けか、新たに取り出されたティーポットの口からは細く湯気が立ち上り、今まさに湯を注いだばかりのような状態である。

 明らかに物理法則に反したそれは、まるでおとぎ話か絵本のような光景で、本当なら驚くべきものなのかもしれない。だが、この半日足らずで既に幾度も魔法という超常を目にしていた為か、ククルゥが抱いたのは「あれは何の魔法なんだろう?」という興味だけだった。


「お待たせしました」


 と、ククルゥの目の前に差し出されたのは淹れたての紅茶。

 ここでお茶を飲むのも三度目となるククルゥだが、二度目とは違いさして警戒することもなくそれを受け取った。

 

「いただきます」


 カップに息を吹きかけ、少し冷ましてから口に運ぶ。ハーブティーだろうか、どこか花のような香りがするそれは、過去を思い出して小さくないショックを受けていたククルゥさえもとても穏やかな気持にさせた。


「美味しい……初めて飲む味ですけど、これは何ていう茶葉ですか?」

「こちらはラーベラという花を乾燥させたものをベースに幾つかのハーブを混ぜたものでして。実は自家製なんですよ」

「自家製……ということはマキオさんが……?」

「恥ずかしながら」

「凄いです! ……あ、でも変な効果はない、ですよね……?」

「ご安心ください。これはただのお茶です」


 その一幕だけを見れば、喫茶店の店員とお客に見えたかもしれない。会話の内容に一部不穏なものが混じってはいたが。

 話しながらもマキオが切り分けていたケーキを紅茶の横に並べ、テーブルの上が本格的に茶会の様相を呈してきたところで、ククルゥが切り出した。


「あの、聞いてもいいですか?」

「もちろん、どうぞ」

「その、さっき見た記憶のことなんですが……」


 言葉をせき止めているのは戸惑いか、恐れか。しかし、眼差しは揺らぎながらもしっかりと前を向いている。続きを促す為に、マキオは確認も兼ねて補足することにした。


「初めて魔法を知ったのは、という条件で見つけた記憶でしたね」

「……はい。わたしは今まですっかり忘れてしまっていましたが」


 改めて言うまでもないが、記憶の回廊には本人が忘れている記憶も存在する。忘れている、という状態は取り出せない位置にしまってあるようなものであり、記憶そのものが消えてなくなったわけではないからだ。そのことは既に説明済みであるため、マキオは敢えて再度解説することなく、ククルゥの言葉の続きを待った。


「ですが、マキオさん達は……その、わたしが、初めて魔法を知ったときの記憶がパ……父と母に怪我をさせたときのことだとご存知だったんですよね?」

「はい。確証はありませんでしたが、恐らくそうだろうとは」


 そこまで確認して、ククルゥは手の中のカップに目線を落とす。何かを考えているような、或いは迷っているようなその仕草は、それほど長くは続かなかった。

 顔を上げたククルゥはそれまでとは一転、決意を秘めた目でマキオを見つめ、きっぱりと言った。


「わたし、やっぱり魔法を勉強したいです」

ウソ予告:魔法の勉強に疲れたククルゥは不幸にも黒猫印の魔導書屋さんにぶつかってしまう。全ての責任を負ったククルゥに対し、魔導書屋店主、マキオが出した示談の条件とは……次回、『希望の船』お楽しみに。

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