第52話 伝染るんです。
お待たせしすぎてもう存在を忘れていたと思いますが、私は帰ってきました!
と言っても相変わらず書き溜めはないので今後も不定期に更新したりしなかったりします。
以下、ここまでのあらすじ。
魔法使いを目指す少女ククルゥは、魔導書屋さんを経営する自称大魔法使いで黒猫になったり美人になったりするクローネに弟子入りする。
店主で兄弟子のマキオからも魔法の基礎訓練を受けながら暫く過ごしていたが、ある日魔法学校に短期入学することに。
道中でミカという少年のような少女を仲間に加えていざ王都魔法学校へ。
そこで知り合ったクールな少女ルピナス。生まれつき魔力量が少ないという彼女に、なにか出来ることはないかと師匠に相談するのであった。
それぞれに一日を終え、王都での拠点である宿『夜鷹の止まり木』にて。
既に夕飯を済ませた魔導書屋さん一行は、各自割り振られたベッドに腰掛けたり寝そべったりと楽な姿勢を取っている。ちなみに入口側から、マキオ、ミカ、ククルゥ、クローネの順だ。
「――何かいい方法はありませんか?」
「……ふうむ」
今はククルゥからの相談を受け、その内容を検討しているところであった。相談の骨子は、魔力量を増やす訓練ないし方法は存在しないか、というものである。
この場で最も魔法に関する知識を有している筈のクローネは、愛弟子からの問いに否定を返すことはしなかったが、短い黙考を挟んで逆に問い返した。
「聞くに、そのルピナスとかいう娘から頼まれた訳ではないのじゃろう? 何故ククルゥが気にする?」
ゆったりと横たわったまま発せられたその問いかけは、聞きようによっては冷たいとも取れる言葉でできていた。
しかし突き放す目的ではない。どちらかといえば試すような、或いは見極めようとするような響きを感じ取ったククルゥは、背中を押されたように自らの考えを紡ぎ出す。
「エリーンさん……あ、今日仲良くなった、ルピナスさんのお友達なんですが、彼女が言うにはルピナスさんは生まれつき魔力量が少ないそうです。入学以来、実技試験はいつもギリギリだと。それでも座学でそれを挽回しようと人一倍努力してらっしゃいます。それこそ他を寄せ付けないほどに。だから頑張っている人には報われてほしい、というのが一つ」
感情任せの言葉を、少しずつまとめながら話すククルゥを急かすでもなく、クローネは黙って頷いて続きを促す。マキオとミカの位置からはククルゥの表情は窺い知れないものの、聞き手であるクローネの様子から落ち着いて話せていることが分かった。
「優秀なのにもったいないな、というのもあります。こんな言い方は傲慢かもしれませんが……」
王都魔法学校は、有り体に言えば国中から、身分を問わず将来有望な魔法使いの卵が集まる最高峰の育成機関であり、また魔法の研究施設でもある。その在校生、しかも座学においては不動の一位ともなれば、単に優秀などという言葉で片付けられない。
長らく魔法学校入学を目標にしてきたククルゥからすれば、それは十分に偉業と言って差し支えない成績であった。
しかし、である。
いかに研究施設としての側面を持っており、理論や歴史といった座学も重要視されるとはいえ、学生の内はやはり育成機関としての側面が強く、評価基準は実技にこそ重きを置かれている。
ルピナスのように、知識はあれど魔力量の少ない人間は評価されにくい環境といえた。
「ルピナスさんならきっと、卒業したあとは研究者として大成するのは難しくないと思います。今日初めてお会いして、一日しか経っていませんが、わたしはそう思いました。授業でどんな問題が出ても、悩んだり迷ったりすることなく即座に正答されていて、ときには補足まで。ただ参考書を暗記しているだけではなく、覚えた知識をきちんと関連付けて考えられているんだと思います」
そう語るククルゥを見て、クローネは口角が上がるのを抑えられなかった。
他人の優秀さを理解できるのは、自分自身がそれを可能にする見識を持っているから。
ルピナスという女子生徒の優秀さを、たったの一日で看破した愛弟子がしっかりとそれを身に着けていることを再確認したが故のことである。
「しかしな、それは何もルピナスとやらに限ったことではあるまい? 他にも同じような境遇の生徒はおろう。いや、生徒に限らず教員の中にすらおるじゃろう」
ククルゥの確かな成長を喜びつつも、それはそれ。
学校に通う生徒数百人、これまでに卒業した者や自ら中途退学した者まで含めればそういった生徒は相当数に登る。そんな中でルピナスにだけ手を差し伸べるのは、明確に依怙贔屓というものだろう。
先程思わず浮かべた笑みを敢えて意地の悪い笑みへと変化させながら、言外にクローネは問う。
お前は儂にそんな不公平な施しをせよと言うのか、と。
クローネの知るククルゥは、善良で、不公平や不正を嫌い、公平や公正を尊び、自らそうあろうと努める、そんな人間である。このように問えば少なからず動揺するであろう。
そんな目論見だったが。
「はい。これは不公平な話だと分かっています。それでも、方法があるなら。わたしはルピナスさんに教えてあげたいです」
ブレない。ククルゥの、意外なまでの押しの強さ。クローネにはその理由が思い当たらない。
ククルゥとルピナス。
二人の関係性を端的に表せば学友ではある。だがそれはあくまでも今日始まったばかりのものであって、そこまで深い間柄ではない。聞いた限りでは、ルピナス側からはあまり歓迎されていない可能性すらあった。
これが一ヶ月後、短期入学を終えていざ別れの時というのならばまだ理解できた。十代の多感な年頃に、同じ学び舎で目標を同じくした間柄というのはそれだけで特別な絆を結ぶこともあるからだ。
それなりに長い人生、時々猫生を送ってきたクローネである。この短期入学でククルゥにそんな相手ができることを期待しなかったわけではない。
が、流石にこの早さはあまりにも想定を超えていた。
そして、想定外を好むのがクローネという魔法使いの性である。
「出会ってから精々が半日といったところじゃろうに、随分と入れ込んでおるのう。何がそうさせる?」
「ううん……」
ニンマリと笑いながら更に問う師の言葉に、ククルゥは即答できない。
自分でもよく分かっていないことに、改めて理屈を当て嵌めているところだからだ。
「単にククルゥさんがお人好しなだけじゃないの?」
途切れた会話を埋めたのは、ククルゥの後ろで話を聞いていたミカの言葉だった。
寝巻き代わりの質素なロング丈シャツワンピース姿で、ベッドの上にあぐらをかいて小首をかしげる様は、なにかに興味を惹かれた仔猫を思わせる。
「確かにククルゥはお人好しではある。が、初対面に近い相手にここまで入れ込むほどかと言われれば疑問が残るのう」
「そうですねえ。師匠じゃあるまいし」
ミカの意見に一定の理解は見せながらも異議を唱えたクローネの言葉尻を捕らえて、マキオが合いの手を挟むと、クローネはベッド二つ分向こうにいる弟子一号へ不満げな目を向けた。
「儂のどこがお人好しじゃ」
「「えっ?」」
「おいこら」
「いや、だってクローネさん……えっ?」
形ばかりではあるが憤慨してみせれば、短いながら心底驚いたと言わんばかりの声がきれいに揃って二つ。言わずもがなの一つはマキオから、もう一つは純粋に驚いた顔のミカから。
即座にクローネからツッコミが入ると、ミカは困惑しながらマキオを振り返る。
「ミカさん、師匠はこういう所があるんです」
優しく教え諭す牧師かなにかのように言うマキオの顔は、まだ付き合いの浅いミカからはいつも通りにしか見えないが、クローネからすれば違う。全力でイジりに来ているときの顔だった。
おのれ師匠に対して生意気な。
と口には出さず、頭の下に敷いていたクッションを掴みながらさりげなく上体を起こすクローネ。狙いは不敬な弟子一号の顔面である。
「あっ、わかりましたっ!」
声が上がったのとマキオの顔が飛来したクッションに埋まったのはほぼ同時。ククルゥは師と兄弟子のじゃれ合いに加わることなく、きちんと考えをまとめていた。こういった場合の対応も慣れたものである。
クローネが視線を戻すと、胸の前で五指を軽く触れ合わせたククルゥと目が合う。
「さて、では聞かせてみるがよい」
直前までのおふざけはどこへやら、一瞬で師匠としての顔になったクローネは鷹揚に促した。ククルゥの後ろではクッションを脇に置いたマキオと、顔面クッションを見てケラケラ笑っていたミカも話を聞く姿勢を見せている。
「わたしとルピナスさんは、少し似ています」
飾ることなく、誤魔化すことなく、告げられたのはとてもシンプルな言葉だった。
「魔法学校に入学することを目指していました。ずっとずっと、子供の頃からの夢でした。魔法使いになる為に、家を飛び出して、冒険者になって。三年間、わたしなりに頑張ってきました」
目を逸らすことなく、胸を張って、ククルゥは数ヶ月前までの自分を振り返る。入学可能年齢の上限である十五歳になっても、王都で魔導書を買うにはお金が足りなくて、魔力の扱い方すら知らないままで。このままでは魔法学校の入学資格を得ることはできなくなってしまう。それでも諦められなくて。
「自分に出来ることはなんでもしようと思って、小さな可能性でもいいから縋りたかった。そうして、わたしはクローネ師匠とマキオ先生に出会えました」
本当かどうかも分からない噂を頼りに、存在しないかも知れない『魔導書屋さん』を探しに。
なんとかして魔導書を手に入れて、たった一つでもいいから魔法を使えるようになって、魔法学校に入学したい。
そんな思いだけを抱えて訪れた先で。
「わたしには、幸運な出会いがありました。じゃあルピナスさんには?」
生まれついての魔力量は訓練次第で伸ばせる。しかしそれにも限界があるというのが通説であり、常識である。ククルゥには、あの聡明なルピナスがそれを知らないなどとは思えなかった。
彼女が座学に力を入れている――否、入れざるを得ないのは、優秀な魔法使いが知っている程度のありふれた方法ではこれ以上魔力量を増やせないから。
「それでも、きっとルピナスさんは諦めていません。得た知識で、少しでも自分の理想に近付く為に、今も努力をしていると思います」
自分が諦められなかったように。きっと必死でもがいている。ククルゥはそう確信していた。
「だから、わたしに手伝えることがあるなら。お二人がわたしに手を伸ばしてくれた時のように、わたしは手を貸してあげたいんです」
ククルゥにできることは少ない。大魔法使いを自称し、その自称に相応しいだけの力を持つクローネ・ノワコルツに師事しているとはいえ、今はまだ何者でもない魔法使いを目指すだけの少女である。
「お願いしますクローネ師匠。わたしに出来ることなら何でもお手伝いします。ルピナスさんの魔力量を増やす方法を教えていただけませんか?」
クローネに向けて深々と下げられた頭の動きに追従して、ククルゥの金髪がさらさらと流れ落ちる。
もしも今、この場面を絵に描いたなら。それを見た誰もが「誠心誠意」と名付けるだろう。
そんな益体もないことを頭の片隅でちらと考えながら、クローネは短く嘆息した。
「先の、ミカの言葉ではないが」
下がったままのククルゥの頭越しに、心配そうな目でこちらを見るミカに向けて、安心させるようにゆるく微笑みながら、クローネは言葉を続ける。
「ククルゥ、お主は本当にお人好しじゃの」
そう言って師は愛弟子の頭を撫でた。呆れたように、しかし慈しむように。
体は前に倒したまま、顔だけを上げたククルゥはクローネの表情を見てくすくすと笑う。
どうやら尊敬する大魔法使いにも知らないことがあるらしい。ならば弟子として日頃の恩返しをしなくてはなるまい。
「わたし、つい最近気が付いたことがあるんです」
「ふむ?」
不思議そうな顔で自分の言葉の続きを待つ、知っている限り一番のお人好しのうちの一人に向けて、とっておきの情報を開示する。
「お人好しって、伝染るんですよ」
ウソ予告:うさぎの足は幸運のお守り。そんな話を聞いた新人冒険者の兄妹は南の草原にいるというイッカクウサギを狩るべく街を出た。そうして首尾よく遭遇したイッカクウサギ……だけど、あれ、なんかデカくね? 次回、『イッカクのツノは本当は牙』お楽しみに。




