第51話 魔法学校初日・クローネ達の場合
天狗面の老人「筆が遅い」(パァン)
その後の授業でも、ルピナスさんは独りで黙々と実技の課題に取り組んでいました。
ただ、それはわたしに対してだけではなく、クラスの全員に対して同じように距離をとっているようです。
「あー、ククルゥちゃんさっきのこと気にしてる? ルピちゃんは大体あんな感じだから気にしすぎないほーがいーよ」
わたしがこっそりルピナスさんを目で追っていると、それに気がついたらしいエリーンさんがそう慰めてくれました。
「ルピちゃんさ、教室でやる授業はバンバン手ぇ挙げてマジ優等生なんだけど……生まれつき魔力が少ないみたいなんだよね。あ、もちろんフツーの人よりは多いから『魔法使いとしては』ってことね」
続けて聞かされたのは衝撃的な話です。生まれつき魔力が少ない――それ自体はよくあることです。というか、殆どの人は生活用の魔道具を起動させる程度の少ない魔力しか持っていません。
先日わたしも受けた魔法学校への入学試験。言い換えれば「魔法使いになる素質」の判定基準に魔力量が含まれているのは、そもそも自分の内側にある魔力量が少なすぎれば、外に存在する魔力に働きかけることが難しいからです。
例えて言うなら、体重の軽い人と体重の重い人が同じ物を押そうと思ったら軽い人の方が筋力が余分に必要になるようなもの、とクローネ師匠は言っていました。
同じ例えで、筋肉を付ける以外にも体重のかけ方や方向を効率的にしたり、動かすもの自体に細工をしたり、道具を使ったりと工夫のしようはあるとも言っていましたが、動かすものが大きくなればなるほど最終的に体重差(=生まれつきの魔力量)が影響するのだと。
「まーそんな訳だからさ、魔力量が結果に繋がるような授業はニガテっぽいんだよね。でも、だからって魔力量の多い人を妬まないで勉強して座学のトップに立つのがルピちゃんらしいっしょ?」
ルピナスさんとは(いえ、エリーンさんともですけど)今日が初対面なので『らしい』かどうかは正直分かりません。でも、腐らないで自分にできることをする、という姿勢はとても尊敬できると思います。
ですが、それなら解決方法に――いえ、解決方法を知っていそうな人に心当たりがあります。これは後で相談してみましょう。
「だからさ……ルピちゃんのこと、嫌わないであげて?」
少しだけ不安そうなエリーンさん。ですが、嫌いになるなんてありえません。むしろ、もっと仲良くなりたくなりました。
わたしがそう言うと、エリーンさんは嬉しそうに笑います。
「ししっ、やっぱいい子だねククルゥちゃん! よかったらあたしとも仲良くしてほしいな!」
むしろこちらからお願いしたいくらいです。というか、今でもかなり仲良くしていただいていたつもりだったんですが、エリーンさんの中では「仲良くする」の範疇ですらないごく普通の接し方だったということでしょうか?
エリーンさんの対人能力、恐るべしです。
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ククルゥが戦慄している頃、クローネはといえば――
「つまり魔力そのものが何であるか、ということを突き止めた者は今の所まだおらん。自然界に存在すること。生物、無機物問わずそれを構成する為の重要な役割を担っているらしいことは分かっておるが、逆に言えばそれ以上のことは何も分かっておらんのじゃ。どこでどのように発生しているのかすら定かではない。個人差があるのは何故か? 必ずしも遺伝する訳ではないのは何故か? 疑問は多数あるが、どれもはっきりとした答えが出ておらぬ状態じゃ」
魔法学校のとある教室で、講義を行なっていた。
席に座る数十人の生徒を前に解説を行なう姿は、中々堂に入ったものである。元々、年に一度の頻度ではあるが継続して特別講師を引き受けていることもあり、手慣れているのだ。
「一説には『魔力こそが魂である』とも言われておるが、その根拠は『魔力が失われた物質が緩やかに崩壊するから』というものであり、やや弱い。現在主流なのは鉄や水といった物質と同じく、魔力という物質が存在しているという仮説じゃな。ただしこれも肝心の物質を発見できておらん。あくまでも仮説の域を出ぬのじゃ」
生徒は一様に真剣な顔で講義内容をノートにまとめている。
魔法学というのは非常に曖昧な部分が多く、検証するには問題の切り分けから始めなければならないが、まずもって何が問題なのかを定義することすらできていないという状態である。
現代から歴史を少し遡るだけで魔法が秘匿されていた時代に辿り着くのだが、これが曲者で、ただでさえ多様な現象を引き起こす魔法という奇跡を各自が好き勝手に定義し、またその発動方法や制御方法も僅かに共通点がある意外は独自の発展を遂げているせいで複雑化しており、その習得には多大な労力を必要とした。
結果として「魔法とは、魔力とはなんぞや」という根本的な問題に目を向ける者がいなかったのである。
おかげで現在においても一般的には「魔法を使うには魔力の存在が必要不可欠」「任意に魔法現象を起こすにはある程度の素質が必要」という程度の認識しかされていない。
もちろんここ、魔法学校においてはその限りではないが、魔法を専門に研究している彼らをしてさえ全ての魔法を体系化するには未だ時間がかかるだろうという見通しである。
閑話休題。
そんな講義中のクローネの横には、小さな人影がある。
特別講師クローネの助手として生徒達に紹介されたのは、誰あろうミカだ。
「あんな小さな子が助手……」
「きっと特別に才能を認められたに違いない」
「ひょっとして噂になってた転入生ってやつか?」
「それは別だろ?」
などなど、様々な憶測や勘違いを呼んだものの、実際にミカができることといえばほぼ荷物持ちと、指示されたものを手渡す程度のことであり、それらはすぐに治まった。
それでも真剣な顔で自分の仕事をしようとする姿には多くの学生が和まされているのであった。
「ご苦労じゃったな、ミカ」
「へへ……大したことしてないけど……」
一つの講義を終えて、二人は講師控室へと連れ立って歩いていた。
ミカが腕の中に抱えるのは講義に使用する資料だが、その量は少ない――生まれ故に畑仕事を手伝ったこともあるとはいえ、栄養失調気味で発育の悪い九歳児の細腕でも楽に持てる程度だ。すれ違う他の講師やその助手は分厚い研究報告書を分割して抱えたり、多少工夫している者でも巻物の形にして持ちやすくする程度に留まっている。
比較すれば殆ど手ぶらといっても過言ではないレベルである。
「ねえ、クローネさんは全然巻物とか持ってないけどなんで?」
周りと自分の差異に気がついたミカが尋ねた。
もしや自分が子供だから気を使われているのか、という言外の意図を汲んだクローネはふむ、と一呼吸置いてからちょいちょいと手招きしてミカの横にしゃがみ込む。
「実はの……」
声を潜めるクローネに釣られてミカも耳を寄せる。まさか何かとてつもない秘密があるのだろうか、そんな期待を胸にして。
「講義に必要な内容は全て頭に入っておる。極端な話、ただ話すだけなら資料は不要なのじゃ。じゃが、話の根拠が目に見える形でそこにある、というのは存外馬鹿にできぬ信頼感があるようでな。あとは、他の講師達の手前何も持たんでおるのも見栄えが悪いのでな」
要するに見栄えの為だけに申し訳程度の資料――いや、実情を知ってしまえばダミーのメモ用紙と言うべきだろうか、ともかく物理的に書き出したものを持っているということだ。
「え、じゃあアタシ要らないんじゃ?」
「そうじゃな。現状いないと困る、という程ではないの。無論、いれば助かるのは確かじゃが」
子供相手でも言葉を飾らないクローネだが、なにも考えなしにそうしている訳ではない。
ミカは自立心が高いのか、誤魔化しやおためごかしを嫌う傾向にある。子供扱いを嫌う子供らしさとも言えるが、そういった個人の気質・性格を考慮した上でのことである。
現に、言われたミカ本人はけろりとしたものだ。
「ふーん、じゃあもっとできること増やさなきゃね」
「うむ、期待しておる。まあ、王都にいる間はそう焦ることもあるまいがの」
「クローネさんはそう言うけど、助けられてばっかで役に立てることがないのはモヤモヤするよ」
「ふふ、そうか」
その後も他愛ない会話を交わしながら廊下を進んでいると、ミカが教員室の前に見知った後ろ姿を見つけた。
「ねえクローネさん、あれって……」
「ん? ああ、戻ったか」
指さされた先では黒髪の男――マキオが教員室を覗き込んでいる。商工ギルドへ王都での商取引の許可を受けに行ったはずだが、用事を終わらせてこちらに合流しようとしたのだろう。
「おや、そちらにいましたか」
話し声で気が付いたのか、マキオが振り返る。ローブのフードこそ外して顔を晒しているものの、いつも通りに胡散臭い笑みを浮かべている姿はある意味一般人の思い浮かべる「怪しい魔法使い」然とした姿だ。
「そっちは問題なかったか?」
「恙無く」
「そうか、予定が変わってしまったが早速明日から始められそうかの?」
「ええ、元々今日から始めるつもりで準備はしていましたから」
そこまで話したところで、クローネの視線がミカへと向く。
「ミカ、明日からは儂の手伝いよりもマキオの手伝いが増えるじゃろう。そう難しいことはないはずじゃが、何か困ったら遠慮なく儂を頼るのじゃぞ」
「え、ああうん」
ここぞとばかりに保護者風を吹かせるクローネだったが、もしも手伝いの最中にミカが困る事態になれば、その場にいるはずのマキオが解決してしまうであろうことはミカにも予想がつく。結局その場では曖昧な返事をして濁すことにした。
「そういえば、ククルゥさんは上手くやれているでしょうか」
「大丈夫じゃろう、元々冒険者なぞやっとった訳じゃし。初対面の相手と接するのも慣れておるはずじゃ」
「あ、いえ。そちらは心配していません。優秀すぎて目立っていないかなと」
「ふむ……それはなんとも言えんな。ククルゥは確かに優秀じゃが、魔法学校ならばそれに匹敵する人材がおってもおかしくない。案外レベルの高さに驚いておるかもしれんぞ」
この場にいないククルゥの様子を想像して、師匠二人はしばし黙考する。
人付き合いの方は問題ないだろうが、いかんせん魔法使いとしては箱入りであり、色々と規格外の師を持ってしまった。ことによると無意識に非常識な振る舞いをしてしまうのではないだろうか。
それで潰れるようなことはないだろうが、やはり無用なストレスをかけるのは忍びない。帰ったら一度本人に確認してみよう。
互いに自分のことは棚に上げた思考の果てに、無言のままそう決める二人であった。
ウソ予告:空から降る白い雪。深々と積もっていく光景は、冬の王都では珍しいものではない。だが、その雪が七日以上も続くとなれば話は変わってくる。連日の雪で交通は麻痺し、商店は仕入れが滞り、住人は腰を傷めた。自体を重く見た王城から、原因調査の特別依頼が出される。次回『王都が白に染まる日・前編』お楽しみに。




