第50話 魔法学校初日・ククルゥの場合
おお作者よ、書きながら寝落ちとは情けない。
※2022/02/08追記:明日2/9の更新はお休みです。詳細は活動報告にて。
ついに今日から、魔法学校に入学です。
思えば、今でこそクローネ師匠に弟子入りして魔法を教わっているわたしですが、王都を出発したときはこの学校に入学することを目指していたんですから、なんだか回り道をして戻ってきたような気がします。
でも、ただ魔導書を買いに行ったはずのわたしがクローネ師匠に魔法を教わっているだけでも信じられないくらい幸運だったのに、こんなに恵まれていていいんでしょうか?
そんな事を考えているうちに、私の前を歩く魔法学校の先生――メルテル先生が一つの扉の前で立ち止まりました。
「ここが今日から君が編入されるクラスだ。今年の新入生の中でも優秀な者が集まっている」
「は、はい!」
「ふふ、そう緊張するな。短い間とはいえ、今日から君も私の生徒だ。何かあれば遠慮なく頼ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
メルテル先生が気遣ってくれました。本当は緊張しているというか、考え事をしていて少し驚いてしまっただけなんですけど。
先生に続いて教室に入ります。教室の中にずらりと机が並んでいるのを想像していたんですが、想像以上に豪華というか、行ったことはありませんが噂に聞いたことのある劇場みたいな造りになっていました。
「――ではノストフォレ、簡単でいいので自己紹介を」
ちょっと見とれてしまっていましたが、今度はちゃんと話も聞いていましたよ。
一斉にこちらを見る教室の皆さん……流石に少し緊張しますね。落ち着いて、落ち着いて。
「今日からこの学校に通うことになりました、ククルゥ・ノストフォレです。一ヶ月ほどの短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」
頭を上げたとき、ちらりと視界の端に映った色が気になってそちらに目を向けると、赤紫色の髪の女の子と目が合いました。
他の皆さんは、なんというか――ちょっと自意識過剰みたいですけどわたしに興味津々というか、そんな感じの目を向けているんですけど、その子だけはすごく冷めた目というか、全く興味のなさそうな雰囲気でした。
歓迎されていない訳ではなく、単純に興味がないという感じです。
冒険者ギルドに新人が登録しに来たときに、大半の人が一瞬だけ向ける目に似ています。そう考えると、なんだかちょっと懐かしいかも。
だからという訳ではありませんが、空いている席に座れと言われて教室を見回した結果、幾つかあった空席の一つがその子の隣なのを確認したわたしは、迷わずそこに座ることに決めていたのです。
「お隣、失礼しますね」
「どうぞ」
とてもそっけない返事です。ですが、無視されることがなくてよかったと思います。
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それから、皆さんに混じって授業を受けました。クローネ師匠のところでも基礎的な座学はしていましたから、内容が分からなくて困ることはありません。どちらかというとその日の授業は復習に近い範囲でした。
流石は魔法学校です、基本を疎かにしない教育方針ということなのでしょうか。基礎は何度でも確認しろ、とクローネ師匠も言っていました。
「ククルゥちゃん、すごいね!」
二時間目の授業を終えたところで、後ろの席から一人の女の子が話しかけてきました。お名前は確か、エリーンさんだったと思います。
「途中からなのに普通に授業に付いてくるんだもん。家庭教師か何かつけてたの?」
何を褒められたのか分からなくて、きっとわたしは怪訝そうな顔をしていたのでしょう。エリーンさんはそう補足してくれました。
弟子入りして家で教えてもらっているので家庭教師といえなくもない、のでしょうか?
「弟子入り? 今どきそんなことしてくれる魔法使いがいるの?」
隠すようなことでもないので正直に言うと、エリーンさんはとても驚いた顔をしました。なんでも、弟子入り制度というのは古いやり方で、今では殆ど廃れてしまっている制度なのだそうです。代わりにこうやって学校があるのだとか。
確かにわたしも、クローネ師匠に誘われるまでそんな制度があることすら知りませんでした。
弟子を取るかどうかは師匠になる魔法使いの自由で、人数も少なく、魔法の知識や技術の継承もされるかどうか不確かな制度ですから、長く続くかどうかは完全に個人の力量に左右されます。
クローネ師匠は「魔法使いは全員自分勝手なものだ」なんて言い方をしていましたが、実際のところ研究に打ち込もうと思ったら周りに構っている余裕がなくなるのは仕方ないことのように思います。
そんな中でわたしを弟子にしてくれて、その上こうやって魔法学校にも通わせてくれたクローネ師匠には感謝してもしきれません。
「へー、いいお師匠様なんだね」
クローネ師匠だけでなく、マキオ先生も一緒に教えてくれていることを話すと、エリーンさんは目を丸くしていました。
「実質、専属の家庭教師が二人もついてるってこと!? なにそれ羨ましい!!」
こうして他の人から言われると、改めて本当に恵まれた環境にいることがわかります。それを無駄にしない為にも、しっかり勉強しなくちゃです。
「でもさ、そんな環境ならなんでわざわざ魔法学校に来たの? あ、来なきゃよかったのにって意味じゃなくね! 単に不思議だなってだけだから!」
それはわたしにも分かりません。クローネ師匠は「卒業資格があれば色々と便利だから」と言っていましたけど、正直なところ、わたしは「魔法使いになって何をしたいか」とかまだ全然考えていなかったので、どう便利なのかもあやふやな状態です。
他人の意見に流されているだけと言われるとその通りなんですけど、クローネ師匠がわたしの為を思って言ってくれているのは確かだと思います。
「授業が始まる。準備をするべき」
エリーンさんとお話をしていると、横合いからルピナスさんがそう声をかけてくれました。そう言う本人はもう教科書もノートも準備し終わっています。
「あ、やば。じゃあククルゥちゃん、また後でね!」
ひらひらと手を振って、エリーンさんが席に戻ります。
すっかり話に夢中になってしまっていました。わたしも慌てて準備をします。
教科書は学校から貸し出されたものですが、ノートはクローネ師匠から頂いたものです。普段の座学から使っているので、既に全体の半分くらいは文字や図で埋まっています。
鐘がなる前に間に合って一安心していると、視線を感じました。ルピナスさんがわたしをじっと見つめています。何か、気になることでもあるのでしょうか。
「……なんでもない」
尋ねてみても、そんな答えが返ってくるだけでした。何か言いたそうに見えたのですが……無理に聞き出すのも違うかな、と迷っているうちに次の授業を担当する先生が入ってきてしまい、ルピナスさんは完全にそちらへ集中してしまいました。
わたしも授業に集中することにします。
エリーンさんには褒めていただきましたが、ルピナスさんはもっと凄かったです。授業中、先生が特に指名しないで出した問題は全部回答していた気がします。しかも誤答なしです。
流石、入学時の成績トップ集団のクラスです。気を引き締めていかなきゃ。
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座学中心だった午前中から一転、午後は実技が中心になるそうです。
実は学校の授業では実技を一番楽しみにしていたので、ちょっとわくわくしています。
「本日の実技では魔道具の起動と制御を行なう。今から配る魔道具を一つずつ持つように」
そう言って配られたのは、一見すると球状に形を整えられて、それを半分に割るような溝を掘られただけの石に見えます。
でも、わたしも伊達にクローネ師匠に教わっている訳ではありません。溝の中に掘られた魔法文字から、刻まれているのが<浮遊>の術式であることが読み取れました。しかもこれは、流す魔力量によって段階的に効力が変わるようになっています。
更に先生の言葉から、この後の授業内容も予想が付きました。多分、このボールに魔力を流して浮遊させ、それを一定の高さで維持する、ということじゃないでしょうか。
「全員に行き渡ったな? では、先に本日の授業内容を解説する。今配ったのは浮遊玉といって――」
先生の解説が始まりました。
内容を要約すると思ったとおり、魔道具という目に見える物を使って扱う魔力量を調節できるようにする、というのが目的のようです。
これは魔法を教わり始めた頃からみっちり鍛えてもらった、わたしの――というかマキオ先生も、当然クローネ師匠も得意なので多分クローネ師匠門下の――得意分野です。
「だから魔力を込めすぎるなよ! どこかにすっ飛んでいくからな! では各自広がって!」
どうでもいいことなんですが、この先生は本当に魔法使いなんでしょうか?
日に焼けて黒々とした肌にはち切れそうな筋肉は、どちらかというと冒険者の中でも前衛を務めるようなタイプの人にしか見えません。
ですが、皆の前でお手本を見せてくれたときの魔力制御はしっかり魔法使いなんだなと納得させられるものでした。人って見かけによりません。
先生の筋肉にちょっぴり気を取られながらも、魔力制御は怠りません。しっかり顔の高さで維持できています。
というか、特にここ二ヶ月ほどは「何かと同時並行して魔力制御を行なう」というのがクローネ師匠達から出された課題だったので、むしろ楽に感じてしまいました。
早速先生に見せて、しっかり合格を頂きます。
「わっ、もう出来たの?」
近くで浮遊玉に魔力を通していたエリーンさんが、こちらを見て驚いています。
自分の浮遊玉(と先生の筋肉)ばかりに注目していて周りをよく見ていなかったのですが、どうもクラスの皆は結構苦戦しているみたいでした。
流す魔力量が少なすぎて浮かなかったり、逆に多すぎて飛んで行きそうになったのを慌てて拾いに行ったりしています。
今更ですが、距離を置いていて良かったです。吹っ飛んでいく様子は浮遊玉というより打ち上げ玉で、万が一頭にでも当たったら結構な怪我をしてしまいそうです。
「ええと、こういう練習は初めてではないので……」
「そっか、お師匠様のところで。いいな~、あたしも誰かに弟子入り出来たらな~」
エリーンさんはそう笑って、また自分の課題に戻っていきました。
なんというか、すごく積極的な人です。わたしもそんなに人見知りしない方だと思っていましたが、上には上がいるものですね。
人見知りといえば、ルピナスさんはちょっとそういうところがあるかも知れません。
話しかければ返事はしてくれるんですが、それも一言二言で終わってしまいます。
せっかくなので仲良くなりたいと思っているんですが、強引に行くのは余計にダメな気がします。人付き合いは距離感が大切です。
マキオ先生とクローネ師匠も、時々ケンカをしているのかと思うくらい言い合いをしていますが、お二人はあの距離が一番しっくりくるんだそうです。
そのルピナスさんはというと、今も端の方で独り課題に取り組んでいる様子……ですが、あまり上手く行っていないみたいです。
何度も挑戦していますが、供給する魔力量を抑えすぎているのか、少し浮き上がっては落ちるを繰り返しています。午前中の座学ではまさに独壇場だったので意外な一面です。
はっ!
もしかして、これは仲良くなるチャンスなのでは……?
幸い、わたしは自分の課題を終えていますし、もしかしたら簡単な助言くらいはできるかもしれません。
我ながらとてもいい考えのように思えて、自然と口角が上がっていくのが自覚できます。そうと決まれば善は急げです。すぐにルピナスさんのところへ向かいましょう。
近付くわたしの足音に一瞬だけこちらを見たルピナスさんでしたが、すぐに目線を浮遊玉に戻してしまいます。とはいえ、逃げられたり避けられたりすることはないので、嫌われている訳ではなさそうです。
それならエリーンさんを見習って、少し積極的に行ってみてもいいのかも。
「ルピナスさん」
「なに」
声をかけると、ルピナスさんは浮遊玉に魔力を込めるのを一時中断して顔を上げてくれました。相変わらず返事はとてもそっけないですけど。
「よかったら一緒にやりませんか?」
「……なぜ? あなたはもう終わっている」
「そうなんですけど、その、ルピナスさんが苦戦しているみたいだったので」
一緒に、と切り出したとき、ルピナスさんがほんの一瞬だけ目を細めたように見えました。声も表情も殆ど変わっていませんが、なんとなく不機嫌そうな雰囲気を感じるのは気のせいではないと思います。
わたしの返答は少ししどろもどろになってしまいました。
「必要ない。私は独りでする」
取り付く島もない答え。これまでの単にそっけないだけの返事ではなく、明確な拒絶です。
わたしは、何か気に障ることを言ってしまったみたいでした。
ウソ予告:平行世界って知ってる? 今ここにいるあたしたちと同じ顔、同じ性格の人が暮らしている、でも全く別の世界。例えば魔法がなかったり、魔物がいなかったり。でもさ、きっとそんな世界でも、あたしたちは友達になったと思うんだ。次回、『友情は世界を越えて』お楽しみに。




