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第49話 ピカピカの一年生(※ただし実力は卒業生以上とする)

来週からは元通り、週刊更新に戻れそうです。相変わらずの亀進行ですがよろしくお願いいたします。

 王都滞在二日目にして早速事件に巻き込まれた『黒猫印の魔導書屋さん』店主のマキオであったが、本人は全く気にしていなかった。何故なら、過去に師匠であるクローネと旅をしていたときに降り掛かってきたトラブルの数々はこんなものではなかったからだ。

 命の危険()()なら二つや三つは同時にやってくるのが当たり前。そんな過酷な環境にいた経験は、ちょっとやそっとの出来事では揺らがない強靭な精神と対応力を磨きに磨いたのである。

 なお、普通は磨き上げられる前に摩耗して擦り切れてしまうのは言うまでもない。そういう意味でいえば、やはりマキオも普通ではないのであった。


 そんな訳で、彼らの朝は文字通り「何事もなかった」かのようにいつも通りだ。


「師匠……師匠、起きてください。今日から特別講師の仕事も始まるんでしょう」

「うむ……うむ……あと五分……」

「……別に構いませんが、初日から遅刻では特別講師としての威厳は無くなるでしょうね」

「なぁに……魔法使いなんぞみんなチョロいもんじゃ……実力を見せつけてやれば……ぐぅ……」


 ベッドの上でモゾモゾとうごめく布団の膨らみに声をかけながら揺するマキオだったが、その中身は一向に起きる気配がない。それどころか遅刻していく気満々で、しかもそれを力技で解決するつもりのようだ。

 思わず溜息の漏れるマキオの後ろでは、既に自分の身支度を終えたククルゥがベッドに腰掛け、膝の間に座らせたミカの髪を梳かしていた。そのミカはブラッシングの心地よさに機嫌よく目を細め、足をパタパタと動かしている。まるで仲の良い姉妹のような光景だ。

 栄養失調気味でボサボサだった茶髪も、ここ数日は毎食しっかりと栄養をとっていることに加え、こうしてククルゥが丁寧に櫛を通すようになったことで急速に本来の艶を取り戻し始めている。


「クローネさん、アタシみたいなのを拾ってくれる立派な人だけど寝起きは悪いんだね」

「ふふふ、そうですよー。いつも苦労するんです。マキオさんが」

「笑い事ではないのですが……ほら師匠、いい加減にしてください。本当に遅刻しますよ」

「うむぅ……」


 なおも諦め悪くむずがるような声を出したクローネだったが、目をショボショボさせながら寝癖の付いた頭で布団から這い出してきた。流石にミカの前でこれ以上の醜態を晒すところまでは開き直れなかったらしい。いや、この時点で既に美人が台無しであり、充分に情けないのだが。


「ほらほら、早く顔を洗ってきてください。誰かさんのおかげで時間がありませんから」

「わかっておる……」


 追い立てられるように部屋の外にある共用の洗面所へと向かうクローネを見送って、ククルゥとミカはベッドから立ち上がる。一足先に食堂へ向かうのだ。

 薄情というなかれ、その原因を作ったのは寝起きの悪い大魔法使い様本人なのだから。


 さて、昨日の事件の影響で少々予定が変更されたことが幾つかある。

 一つは魔石の取引について。元々、昨日の時点では価格交渉という建前での面会、顔つなぎの意味合いが強かった。現物のやり取りは、商人達の間で別途ある程度の申し合わせをしてから行なう予定だったのである。

 当然ながら商人それぞれで資金力も在庫を置ける倉庫の広さも異なる為、欲をかいて余分な手間を増やさないよう現状を全員で共有し、各々自分に見合った量の取引を行なうのが通例となっていたのがその理由だ。

 ところが、幸いにして怪我人こそ出なかったものの、昨日の事件に巻き込まれた面々は事情聴取や身辺警護の見直しといった想定外の予定を入れる羽目になり、勿論取引自体が無くなることはないが、一時延期せざるを得なくなってしまった。


 もう一つ、こちらの方が重要なのだが、『黒猫印の魔導書屋さん』王都出張販売の手続きができなかった。王都以外に拠点を構える商人であっても、手続きを踏めば王都内での物品販売を行なうことが出来る。その許可を出すのはどこかといえば、商工ギルドをおいて他にあるはずもない。

 昨日は襲撃を受けて機能が麻痺していたし、仮にギルドとしての機能が生きていたとしてもマキオ本人が事情聴取で長時間拘束されていたことを考えればどちらにせよ手続きは不可能だっただろう。


 よって、本日もまた二手に分かれての行動となる。ただし、その配分は昨日とは異なり、マキオが単独で商工ギルドへ、残り三名は全員で魔法学校へと向かう。

 ククルゥは当然ながら特別編入の生徒として、クローネは特別講師として、ミカはクローネの助手という名目で。そして予定通りならこれに加えてマキオも魔法学校へ向かい、生徒や教員向けに魔導書を販売する筈だったのである。


「む……なんじゃ、二人はもう食事に行ってしまったのか」

「ええ、時間は有効活用しなくてはいけませんからね」


 顔を洗い、出掛けよりは幾分スッキリとした顔で戻ってきたクローネが薄っすらと魔力を纏った手櫛で髪を撫で付ければ、放棄された畑と見紛う荒れ具合だった髪の毛はいつも通りビロードの滑らかさを取り戻す。


「朝が弱いもんは仕方あるまい」

「ええ、夜ふかしの理由は聞かないでおきますよ」

「……ふん」


 クローネの寝起きが悪いのは事実だが、今日に関してはただの寝坊ではないらしい。その理由までお見通しのマキオに、若干バツの悪そうな顔で目を逸らすクローネであった。


 ▼


 王都魔法学校のとあるクラスにて。


「例の編入生、このクラスに入るんじゃないかって言われてるらしいぜ」

「えっ、そんなに優秀なのか?」

「まだ分からないけど、噂が本当なら……」

「……俺達もうかうかしてられないな」


 事実上の年齢制限はあるものの、魔法の才覚さえあれば基本的に誰でも入学でき、校内においては実力主義がまかり通るこの学校では、実力に応じてクラス編成が行なわれる。

 一度目は入学時の成績で、その後は定期試験の結果に応じて適宜所属クラスが変わるこのシステムは、学生たちの間では「昇格」あるいは「降格」とも呼ばれ、ある種の格差社会を形成しているが、健全な競争にとどまっている内は教師陣も特に咎めることはない。

 そもそも教師陣の殆どがここ王都魔法学校の出身である以上、伝統に対して否定的なのは極少数にとどまるというのが現状だ。


「まあ、噂通り優秀ならそれはそれで」

「互いに研鑽せよ、だもんな」

「どんな奴か楽しみだぜ」

「流石に『ノワコルツ伝説』ほどじゃないだろうしな」


 そんな校風であるからか、成績優秀者は学生同士のみならず、場合によっては教師陣からも一目置かれる存在になり得る。

 有名なのがかつてこの学校に在籍したとある生徒――隠す意味もないので言ってしまうがクローネが打ち立てた数々の伝説である。

 例を挙げれば「最年少入学、最短卒業」に始まり「在学中に既存の魔法を幾つも改良し、さらに新しい魔法を多数構築した」「成績は常に最上位だった」真偽の妖しいものになると「古代言語で書かれた文献を口頭で翻訳しながら全く違う分野の論文を書き上げた」「教師が長年研究中だった魔法を一目見ただけで完成まで持っていった」「グッとポーズを決めただけで五つの魔法を同時発動させた」などというものまである。

 上級生から下級生へ脈々と受け継がれる「伝説」は、時代とともに尾ひれがつくのが相場だが、角と翼も付いている始末だ。


 ――カラン、カラン。


 間を置かずに二度鳴らされた鐘の音が、始業を告げる。雑談に興じていた男子生徒達もいそいそと自席へ戻った。

 教室前方に備えられた二つの扉の内、左側が開いて教師のメルテルが入室する。そのまま授業が開始されるのが普段の流れだが、今日は彼女の後ろから続けて一人の少女が入室した。

 肩に少しかかる程度に揃えられた金糸のような髪に、緊張しているのかやや強張った表情ながらもしっかりと前を見据える碧い瞳、深緑色のローブがいかにも魔法使い然とした印象を与える。

 目を惹きつける美少女だが、何よりの特徴は顔の両側にぴょこんと飛び出る羽毛に覆われた耳であろう。

 大魔法使いの弟子にして特別編入生、ククルゥ・ノストフォレがそこに立っていた。

 イベントの予感に教室のあちこちから小さなざわめきが広がり始めたが、メルテルが手を鳴らしてそれを鎮める。


「えー、皆も既に()()()()()()()()ようだが、編入生が来ることになった。事情があって短期間の在籍になる予定だが、それでも皆の仲間となる。仲良くするように。――ではノストフォレ、簡単でいいので自己紹介を」


 メルテルに促されたククルゥが一歩前に出て静かに息を吸い込んだ。


「今日からこの学校に通うことになりました、ククルゥ・ノストフォレです。一ヶ月ほどの短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」


 そう言って腰を折ったククルゥが頭を上げたとき、ふと視界の端に赤紫色が見えた。無意識に目を向けるとアイスブルーの瞳と視線が交錯する。教室中から好奇の視線が殺到する中、その少女の目だけは透明な感情をたたえていたのが印象に残った。


「さて、それでは授業を始める。ノストフォレ、空いている席に座りたまえ」

「はい」


 知らず目を奪われていたククルゥだったが、メルテルの声で意識を引き戻され、素早く教室内を見渡して空席を探す。教室前方の席はあまり人気がないのか、ごく一部の熱心な生徒が集まる中央付近以外には幾つか空きがあるようだ。

 その内一つは先程ククルゥの視線を奪った赤紫色の隣にある。


「お隣、失礼しますね」


 その席を選んだのに、特別な理由があった訳ではない。強いて言うなら偶然とはいえ目が合ったからということになるだろうが、知り合いのいない場所ではそんな些細な繋がりでも手放したくないと思ったのかもしれない。

 ククルゥが声をかけると、手元に置いた教科書に目を落としていた少女は一度顔を上げた。やはり興味の薄い視線を向け、瞬き一つ分ほどの時間だけククルゥの顔を見つめていたが、それもすぐに教科書へと戻される。

 無視されてしまった、とククルゥが思うよりも僅かに早く――


「どうぞ」


 平坦な声で許可を告げられた。

ウソ予告:「冒険者求む!」ある日、一枚の依頼書がギルドに張り出された。その内容は「新作ケーキのレシピを護衛して欲しい」というもの。依頼人は王都で人気菓子店を経営し、自らも厨房に立つ一人の男性。詳しく話を聞けば、守ってほしいのは菓子コンクールに出品する予定のレシピで、ライバル店からの妨害が心配だという。魅惑の報酬「店内の菓子食べ放題」に釣られたクローネによるやりすぎな防犯魔法が、不埒な泥棒を(死なない程度に)地獄へと叩き落す! 次回、『人気菓子店の甘い罠』お楽しみに。

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