第48話 王都に蠢く影
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
活動報告でもお知らせしておりますが、1月中は少々仕事が忙しく、更新を隔週とさせていただいております。
「それは災難じゃったの」
日が落ち始めた宿の部屋、ベッド横のスツールに腰掛けたクローネがころころと笑いながら労いの言葉をかける。その響きには深刻さよりもむしろ楽しげな雰囲気が多く含まれていた。
実際、事件のあった昼前からつい先刻まで衛兵隊からの事情聴取に捕まっていたマキオは流石に疲れた様子だったが、ミカの方は未だ事件の現場に居合わせた興奮が冷めやらぬと、擬音多めな表現技法で目撃証言を語り、はしゃいでいる。
同行することになった経緯故か、普段はどこか遠慮がちな彼女にしては珍しいその姿はクローネ以下『黒猫印の魔導書屋さん』の魔法使い三名(内一名見習い含む)の頬を大いに緩ませたが、さりとて笑い話で終わらせるには少々物騒にすぎる話だ。
クローネはミカの話に笑顔で相槌を打つ傍ら、体の陰でちょいちょいと人差し指を動かす小さな手招きでさり気なくマキオを呼び寄せると、表面上は笑顔のまま声をひそめた。
「で、犯人の集団は一人残らず捕縛したのじゃな?」
「ええ。流石に離れた場所に別働隊などがいれば話は変わりますが、少なくともあの場に襲撃をかけた賊は間違いなく」
呼ばれたマキオも心得たもので、やはり表面上は笑顔を崩さぬまま、横にいるクローネにだけ聞こえる声量で会話に答える。
「ふむ……手口からしてかなり計画性のある犯行じゃろうが、魔石商達との談合は昨晩話が持ち上がって今朝決定したものじゃからな。向こうにとっても想定外だったことじゃろう」
「そうですね。扉の破壊から突入までに、僅かですが部屋の中を探るような間がありました。恐らく護衛による反撃がないか見極めていたのではないでしょうか」
こそこそと内緒話をする大人組を尻目に、ミカの語りは佳境に入ったようだった。主に聞き手を務めるククルゥの反応がいいのもあり、次第に熱が入って身振り手振りも混じりだしたそれは、もはやちょっとした冒険活劇の様相を呈し始めていた。
「でね、もわ~って煙が入ってきたんだけど、マキオさんがアタシと一緒に床に伏せて犯人が入ってくるのを待ち伏せしたんだ! ぞろぞろ入ってきたときにはもうダメだ! って思ったんだけど、マキオさんがまどうしょ? を取り出して魔法を使ったら全員ビクンッって。ビクンッてしてね、あとはこーんな変な顔して倒れちゃった!」
「あははははっ」
よほどその様子が可笑しかったのだろう、繰り返したところでは律儀に二度、犯人達が硬直した際の動きを再現してみせるミカ。もちろん白目を剥いて舌を出した間抜けな顔も抜かりなく再現済みだ。
変顔で直立不動のまま上に飛び跳ねる少女の様子からその様子を思い浮かべたククルゥも、思わず声を出して笑ってしまった。
「魔法使いってすごいね! みんなあんなことできるの?」
ミカからの無邪気な質問は、きっと深い意味などなかったに違いない。
だが、ここにいる魔法使い三人の内、一人は特殊技能に偏った異世界人、もう一人は修行中の見習いであり、生粋の魔法使いはただ一人である。つまり、ミカの思惑がどうであれ事実上その言葉が示すのは「マキオさんが出来ることならクローネさんも出来るよね」ということであり――クローネはこと魔法に関してだけは大人げなかった。食卓での攻防やお菓子の争奪戦以上に大人げなかった。
「――もちろんじゃ」
にっこりと、よそ行きの顔をしているときでさえ浮かべないような笑みを貼り付けてクローネが言う。
「なんならマキオでやってみせ―」
――コンコン。
不穏な流れになりかけたのを救う福音は、軽やかなノックとしてやってきた。
「失礼します。第四区のキンツという方からお言伝です」
「はい、今行きます」
助かった、と内心で胸を撫で下ろしながらマキオが扉へ向かう。
キンツ、という名はその場にいる四名全員に心当たりがあった。何を隠そう、前日に訪れた靴屋の主人である。注文していたミカの靴の仮合わせに向かう予定だったのだが、諸々の後処理で時間を取られた結果行くことが出来なかったのだ。
「『本日ご来店の予定でしたが、ご都合はいかがでしょうか』とのことです」
「ああ、ありがとうございます。これから急いで向かうことにします、とお伝え下さい」
礼を言いつつ、伝えてくれた従業員の女性にチップとして小銀貨二枚を渡す。一枚はその従業員の、もう一枚は宿まで言伝を持ってきてくれた伝言人の分だ。
小銀貨は言伝に対するチップの相場よりも少し多いが、一ヶ月という長い宿泊期間であるからには宿との関係は円満であるべきだ。決していいタイミングでノックをして助けてくれたからではない。
「という訳でミカさん、昨日の靴屋さんへ行きますよ」
「うん、わかった」
「せっかくじゃ、全員で行くとするかの」
「はい、夕ご飯までには間に合いますよね?」
「そうじゃな、外で食べてもよいが、ここの夕飯は美味い」
雑談を交わしながら、それぞれ外出の準備をする。かくして(主にマキオの)平穏は守られ、一行は夜に差し掛かろうとする王都の街へと繰り出すのだった。
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「ンだとォ!? 失敗したァ!?」
薄暗い空間にオレの怒声が響いた。
「……じゃァ何か……せっかく立てた計画はオジャンで? 数ヶ月の準備は全ッ部! 無駄になったってかァ!?」
どうにか感情を抑えようとして、それでも隠しきれずに声は徐々にヒートアップし、気付けば安物の薄っぺらい木製机を叩く音が僅かな反響を残していた。怒りのあまり荒くなったオレの息の音だけが場に残ったところで、ボソボソと低い声が報告の続きを告げる。オレは思わず「は?」と気の抜けた声を漏らした。
「おいおい……何の冗談だ? 計画失敗どころか、参加した野郎共が軒並み捕まった? なんでそうなる……?」
半ば呆然とした問いかけに、再び低い声がボソボソと報告する。どこか言い訳めいた響きを感じるのは……オレが怒り狂ってるせいだな。こういうとき、オレがどうするかをコイツはよく知っている。
「計画にない商談? その程度、何の問題が――あ? バケモンみてえな護衛が付いてた?」
再び怒りのボルテージを上げようとしたオレに、ボソボソと弁明がなされる。流石に聞き流せる内容ではなかった為、一応話だけは聞いてやることにした。
ボソボソと詳細が続けられるにつれて、怒り一色だったオレの頭も少し落ち着きを取り戻してきたようだった。
「はァー……ンだそりゃ……何でよりによって今日その時間に――いや、いい。で? そいつの情報は掴んでんのか?」
愚痴が零れそうになるのをなんとか抑え込み、話を建設的な方向に進ませる。要するにオレの計画を台無しにしてくれたのはその護衛の野郎――女かもしれねえがどっちでもいい――ってことだ。なら、礼はたっぷりとしてやらなけりゃ、な。
邪魔をしてくれたソイツの情報を聞きながら、オレは頭の中でどうやり返してやるかの計画を練り始めた。
ウソ予告:火を灯せ。暗闇を駆逐せよ。夜など、この国にはあってはならぬ。狂った王様が命じます。逆らう者は皆殺し。火を絶やした者も皆殺し。木がなくなれば布を。布がなくなれば毛皮を。毛皮がなくなれば麦を。それすらなくなれば最後には人を。燃やして燃やして、焼き尽くして。そうして最後は闇の中。遠い昔のおはなし……? いいえ、今から起こるおはなし。次回、『夜が来る』お楽しみに。




