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第47話 赤紫色の憂鬱

※本編中に読みづらい長台詞がありますが、そういう演出です。ご了承ください。


年内最後の投稿です! さり気なく一周年を通り過ぎていました!

お読み頂いた皆さん、ブックマークや評価をしてくださった皆さん、本当にありがとうございます!

来年も『黒猫印の魔導書屋さん』をよろしくおねがいします!

「諸君らが学んでいる『魔法』はかつて『奇跡』の代名詞であったが、ノワコルツ名誉男爵による『魔力の再発見』以降、手先の器用さや記憶力のよさと同じく、訓練で伸ばすことが可能な技術であるというのは既に知られている訳だが――」


 魔法学校の地下で、校長が幾度となく嬉しい悲鳴を上げることになるのと同日の昼前。

 広大な校舎内のとある教室の一つでは、教壇に立つ若い女教師が暗緑色の大きな石版に白墨で年表を書き付けながら講義を行なっていた。そんな中、通りの良い教師の声に紛れて、ヒソヒソと交わされる会話がある。


「ねえ聞いた? すごい編入生が来るらしいよ」

「編入生? 新入生じゃなくてか?」

「それがね……」


 耳の早い一部の学生から漏れ伝わった編入生の噂は、既に校内のそこかしこで囁かれていた。その大半が「編入生」という耳慣れない立場について言及したもの。

 王都魔法学校は受験資格年齢を満十歳から満十五歳までとしており、入学試験は三ヶ月ごとに年四回実施される。合格者の数はまちまちで、時にはゼロということもあるが、同年中に生徒が増えること自体は普通のことである。

 だが、入試期間外に編入という形で増えるのは初めてのこと。それも、どうやら只者ではないらしいとくれば、概ね十代半ばから二十代前半程度の若者で構成される集団が話題の中心にするのは必然であった。


 余談だが、卒業までの年数は決まっておらず、素行不良等による放校や、生徒本人の意志による自主退学を除けば何年でも在籍することが可能で、いわゆる成績不良者おちこぼれに対する退学措置が存在しないという点が一般的な学校とは大きく異なる。

 というのも、魔力に覚醒する年齢は概ね前述の五年間であるのに対し、実用にえる魔法を習得するのにかかる年月は個人差が非常に大きく、魔法使いの後進を育て研究を進めるという理念を忠実に実現するにあたってはどうしても卒業期限を切る訳にはいかなかったのだ。

 むしろ、厳しい基準を設けられた試験を突破し、晴れて入学することができたにもかかわらず魔法を使う段になって伸び悩む者などは、その原因がどこにあるのか――即ち魔法を使える者と使えない者の差はどこにあるのか――を突き止める為の貴重なサンプルケースとして重用されるまである。

 もっとも、在学中の研究には学校から資金や物資の援助が受けられること、先達である魔法使いが多数在籍しており知識の共有や仮説の検討、検証の効率が個人で行なうものとは比較するまでもなく良好であることなど、学生のうちに享受できる利点が数多くあることから、成績不良でなくとも望んで在学期間を延ばそうとする者も存在するのだが。


「では、現存する魔法の発動方法について、挙げられる者はいるか」


 後ろに行くほど階段式に高くなっている、大きな円環を途中で区切ったような形の教室。その最前、すり鉢の底に当たる位置から、女教師が教室内の生徒達に問いかける。

 それまでヒソヒソと噂話に興じていた数名の生徒達も、指名される可能性を感じ取り緊張感を持っておしゃべりを中断したが、結果的にはその心配はなかった。何故なら、一瞬の静寂に包まれた教室の中、一人の生徒が静かに挙手していたからだ。


「お、クロヴェルか。では起立して答えたまえ」


 カタ、と小さく椅子を鳴らし立ち上がったのは赤紫色の髪をショートボブにした一人の女子生徒。整った顔は美人というよりもどちらかといえば可愛らしい造形だが、その無表情さは肉付きの薄い華奢な体も相まってどこか人形のような印象を与える。クロヴェルと呼ばれた彼女は、同じ講義を受ける数十名の視線を一身に浴びながらも動じることなく、小さな唇を開いた。


「想念式。詠唱式。魔法陣式。儀礼式。魔力操作式。及びそれらの複合」

「よろしい! よく勉強しているな。ではついでにそれぞれの特徴を。知っている範囲で構わんぞ」


 少女然とした見た目からは少し意外な落ち着いたアルトが淡々と問いへの答えを紡ぐと、女教師は満足そうに口角を上げ、期待するように追加の問いを投げかける。

 クロヴェルは一瞬だけ目を伏せ、自身の記憶を探るべくほんの僅かに首を傾げた後、視線を女教師へと戻すと再び口を開いた。


「想念式。最古の魔法。個人の想像力で使うもの。慣熟した魔法使いなら最も容易に成果を挙げることが可能。個人による差が出やすく、技術としては不安定。詠唱式。想念式の派生型。言葉で具体的に表現することで想像力を補強する。対人においては詠唱から手の内を読まれ易く、発動までにやや時間がかかる。儀礼式。一人、または複数人で行なう。共通の認識を持った者が決まった手順の儀式を行なうことで安定して大規模な魔法を扱うことが可能。手順が複雑、下準備が多い、魔法の発動までに時間がかかるのが欠点。魔法陣式。詠唱式で用いた言語、または儀礼式で用いたシンボルを組み合わせた図式等を用いる。効果が安定する代わりに柔軟性に欠ける。魔力操作式。魔力そのものを操作し固有の動作を行なわせることで現象を引き起こすもの。理論上、既存の現象ならば全て再現可能。現実的にはその規模や魔力量から起こせる現象は限られると考えられている」


 抑揚がなく、息継ぎさえもどこでしたのか分からない平坦な話し方でつらつらと回答していくクロヴェル。人に聴かせるという意識が全く感じられれない、訊かれたから答えた、というのが当てはまるような話し方だった。恐らく、生徒の大半は彼女の回答の半分ほどしか聞き取れなかったのではないだろうか。

 それでも、女教師は流石に内容まで含めてしっかりと聴いていたらしく、女子生徒の間では密かに男装を期待されるその凛々しい眉を緩め、先よりもさらに満足そうに微笑んだ。


「素晴らしい! 特徴に加えて欠点までしかと把握しているな! 座ってよろしい。さて、クロヴェルが答えてくれたように、各魔法の発動方法にはそれぞれ利点と欠点が存在する。故に、魔法使いとして身を立てるのであればそれらを正確に把握し、必要に応じて使い分けることが求められる訳だ」


 教師は話しながら、年表の横に並べて魔法の発動方法五種を書き連ねていく。大まかにではあるが、その発動方法が確立した時期と年表を対応させているのだ。


「特に、儀礼式――儀式魔法と呼称されることもあるが、これを扱うときには注意することだ。揃えなければいけない品や条件が非常に多く、手順についても一切の間違いが許されない。そういう制約を課すことで初めて儀式として、ひいては魔法として成立するものだからな」


 と、そこまで話したところで、鐘の音が響いた。間を置かずに三度――終礼の報せである。


「よし、では本日はここまでとする。次の授業では各発動法についての詳しい説明と実技だ。予習をしたいものは後ほど私のところまで来るように。以上!」


 女教師がそう結び、教壇の横にある扉から出ていくと、生徒達は三々五々に教室を出ていく。向かう先は食堂やお気に入りの休憩場所だろうか。昼食の時間ということもあって、全体的に弛緩した空気が流れていた。


「メルテル先生」


 背後から氷の板を思わせる平坦な声に呼び止められ、女教師メルテルは振り返る。そこに立っていたのはつい先程見事な勉強家ぶりを見せてくれた女子生徒、ルピナス・クロヴェルであった。


「どうしたクロヴェル、授業に関する質問か?」

「予習を」

「そうか……昼食を摂りながらでも構わないか?」

「はい」


 返事をする度に、こくり、こくりと小さく頷く少女の顔は無表情、声は無感動なままではあるが、一秒たりとも途切れない視線には雪の下で芽吹こうとする草花のような力強さを感じる。


「わかった、クロヴェルは弁当かね?」


 そうメルテルが問えば、無言のままパンの包みを取り出してみせる。いつでも話を聞けるぞという訳だ。


「では……そうだな、このまま教員室まで来たまえ。大した物ではないが茶ぐらい出そうじゃないか」


 踵を返した女教師の後ろから、小走りで女子生徒が横に並び、連れ立って二人は歩き出した。


 ▼


 王都魔法学校は、第三城壁の中に広大な敷地を持っており、中央の塔に校長室をはじめとする教員室及び研究室が集中し、その周りを円環型の教室棟が囲む形になっている。

 魔法使いの養成所であり、魔法研究の総本山でもある魔法学校、その教員室ともなれば海千山千の魔法使いがひしめく伏魔殿、昼日中から怪しげな薬品や魔法の実験が――などということはなく。

 広く開放的な部屋ではあるが、各教員の机と書棚が並ぶ他は来客用に応接椅子が二セット並んでいる程度の至って地味な空間だ。

 学校という側面がある以上、生徒の立入りが想定される場所では安全管理が必要なのである。


「さて、予習を、とのことだったが……クロヴェルならば既に座学は済ませているのではないか? 先程の授業でも見事な回答だった」


 昼時の教員室、応接椅子に腰掛けて食後のお茶を嗜みながら、メルテルは正面に座らせた女子生徒、ルピナス・クロヴェルに水を向けた。

 この少女は直近の入試でこそ平均的な成績だったが、入学後は目を瞠る速度で知識を吸収し、座学による評価に限れば既に進級させてもよい程になっている。

 そんな彼女が「予習をしたい」と申し出るのであれば、それは恐らく実技方面に違いないと予測することはそう難しくない。そしてそれは実際正しかった。


「はい。だから実技を。私は魔力が少ない、ので」

「うむ。確かに平均値よりは少ないな。だが、授業で実技を行なうには充分だと思うが」


 魔力量の少ない生徒が、実技の課題として出された魔法の発動に不安を覚えることは珍しくない。そんなとき、教師の監督の元で自主練習を行なうことも、よくある話だ。

 しかし、ルピナス・クロヴェルにおいてはそれほど心配する必要はない、というのがこれまで数度の実技を見た上での評価だった。

 しかし、当人はふるふるとかぶりを振る。


「いいえ。学校の実技。それだけでは、足りません」

「足りない、とは?」

「……私の……」


 尋ねられた少女は言いかけた台詞せりふを途切れさせると、応接机に置かれたティーカップに視線を落として沈黙した。何かを考えているようにも、迷っているようにも見えたが、ややあって顔を伏せたまま、言葉を選ぶようにぽつりと続けた。


「……目標に、です」


 カップの中に映る少女の影からは、その表情をうかがい知ることは出来ないが、常よりもさらに平坦な声は、廊下での印象を借りて言えば一層厚い氷に包まれたように感じられた。

 メルテルはそれ以上踏み込まないことを選択する。

 優秀な魔法使いの卵が、自らより大きく育つ為に予習を行なうことに何ら問題はない。であれば教師たる自分はそれを支えるだけで充分だろう。

 今はまだ。


「ふむ……訓練場には私から予約を入れておこう。都合のいい時間はあるかね?」


 教師の口調からそれ以上の追求がないことを感じ取ってか、少女はゆっくりと顔を上げた。

 相変わらずの無表情さだが、ほんの僅か和らいでいるように見えた。


「放課後なら、いつでも」

「分かった。では本日の放課後に」

「はい。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて教員室から退出していく女子生徒を見送って、女教師は独りごちる。


「何を抱えているやら。思いつめなければいいがな」


 嘆息すれば口元に寄せた茶から甘い花の香りが立ち、赤紫色の水面がゆらゆらと揺れた。

ウソ予告:新年を迎え、王都の商店街も活気付く。そこかしこから上がる歓声は初売りの戦利品を喜ぶものか、それとも売上を喜ぶものか。だが、黒猫印の魔導書屋さんは閑古鳥が鳴きっぱなし。黒猫の師匠も泣いている。このままではいけない! 何か新年らしい商品を売らなくては! 次回、『初夢、売ります』お楽しみに。

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