第46話 大魔法使いの弟子
ククルゥ「わたし、何かやっちゃいました?」
何ということだ!
何ということだ!!
彼女が初めてこの学校に現れたとき、当時はただの一教員だった私も含めて教師たちはこぞって称賛した。
無二の天才。
賢者の再来。
魔法使いの到達点。
ありきたりな言葉だが、私達はそれ以外に彼女を表現する言葉を持たなかった。
事実、彼女の魔法に関する上達ぶりは他の追随を許さないなどという言葉では生ぬるく、そもそも競い合う次元にいないと言えるものだった。
多感な時期のこと、飛び抜けた実力の持ち主には相応の妬みが向けられるのが常だったが、彼女に対しては一切そんな様子が見られなかった。
馬を相手に駆けることを競わないように。魚が自在に泳ぐことを疑問視しないように。鳥が飛ぶことに嫉妬しないように。
彼女に直言する者こそいなかったが、果たして本当に同じ人間なのかと畏れられていたのは恐らく本人も気が付いていた公然の秘密。
学業成績においては史上最年少での入学と最短での卒業を同時に達成した彼女が、一体どんな偉大な魔法研究を行なうのか、それを楽しみにしない教師はおらず。
模擬戦においてはたった一人で、当学において優秀と認められる程度には実力を持った集団約百二十人を相手取り完膚なきまでに圧倒した彼女が、どのような武勇を打ち立てるのか楽しみにしない同期生はいなかった。
卒業後は冒険者として各地を気ままに放浪しながらも、特に戦闘用の画期的な魔法を次々と生み出し、強力な魔獣の被害に苦しむ民を助け、若くしてお伽噺の勇者もかくやという活躍をみせた。
かと思えば数年間全く噂を聞かなくなり、次に話題に登ったときには何故か商人として大成したという。
とかく常人には計り知れない人生を送っているらしい彼女ではあるが、それでも卒業生の誼で毎年一度、当学に特別講師として招かれることは十数年に渡って継続してくれている。
そんな彼女の指導を受けてさえ、彼女に匹敵する才覚の持ち主はおろか、何かしらの分野においてすら後に続く者は現れなかった。
あれほどありきたりだと思っていた称賛が、その実これ以上ないほどに現実に則したものだったのだと、当時を知る誰もが納得せざるを得なかった。
天才とはそう簡単に生まれるものではないのだと。
だが、その彼女が連れてきた少女がその考えを真っ向から否定した。
正直に言えば、期待はあったのだ。
特別講師を依頼する手紙への彼女からの返信は、例年どおりならば最低限の挨拶と了承する旨を記載しただけで終わるはずだったが、今年に限っては違っていた。
記されていたのは「ある少女を短期特別編入させたい。可能ならば卒業認定までして欲しい」という打診。
彼女から当学へ何かを求めること自体が初めてである。その上、特別講師を引き受けることを対価に便宜を図ることを要求しているようにも聞こえる内容だ。
当学への入学は、厳正なる試験の結果のみによって決定される。
これはたとえ王族と言えども覆すことは許されない、絶対の規則である。卒業生である彼女がそれを知らない筈もない。
その上で、短期特別編入という形で入学させ、あまつさえ卒業認定まで行なえと言う。
彼女の気が触れたのでなければ、余程その少女に自信があるのだろうと察するのは容易なことだった。
無論、この要求は物議を醸した。
ある教師が「彼女を特別講師として招いているのはあくまで後進育成の為であり、それ自体は全ての魔法使いに共通する義務であるから便宜を図る必要はない」と主張すれば、別の教師が「そんなことは彼女も分かっている筈であり、その上での提案であることを考慮すべき」と反論する。
最終的には「通常の入学試験と同等の課題を与え、その結果如何では特別編入を認める。また卒業認定についても期間内に卒業基準を満たしていると判断できれば与える」という形に落ち着いた。
要するに実力さえあれば問題なかろう、との判断だが、その根拠は他でもない彼女の実績。入学可能年齢の下限である十歳で入学し、通常三年以上かかる課程を一年で修了した生徒の前例。
ただし、この時点では特別編入賛成派も反対派も等しく「どう足掻いても卒業認定は不可能」という見解で一致していた。
それはそうだ。元より魔法学校は入学するよりも卒業する方が難しいと言われている。彼女が推挙するくらいだから才能はあるのだろうが、それだけで卒業できるほど当学の課程は易しくない。
ましてや彼女が特別講師を務める期間はたったの一ヶ月。その間に最短三年分の座学、実技の試験全てで合格点を取るなど出来よう筈がない。
中には「もしもその弟子とやらが卒業認定まで勝ち取ったら鼻からパスタを食べてやる」とまで豪語する者が出るほど。
だが、手始めに行なった魔力量の測定。その結果は恐るべきものだった。
体内で生成できる魔力量は、適切な負荷をかけることで増加させることが可能だ。魔法使いとしては当然、多いに越したことはない。必然、学校での訓練課程にも魔力増大訓練は含まれている。
指導項目に入っているということは考査の対象になるということ。定期的に行なわれるそれは、性質としては試験というよりも検査に近いが、目に見える形で訓練の成果が分かる為、生徒は勿論、教師陣からも特に関心の高い項目である。
地下空間に作られた訓練場。まずはここで魔力を測定する手筈になっている。
件の少女はいかにも不慣れな様子でおずおずと手を伸ばした。
魔力測定器の仕組みは単純で、板状の受信機に魔力を流すと内部の魔法陣がその魔力を保持するというもの。魔法陣一枚あたりの容量は平均的な魔法使い一人分よりやや少ない程度だが、それが五枚、並列接続で収められている。
簡単に言えば『魔法使い五人が限界近くまで魔力を振り絞ってようやく満タンになる』程度の魔力タンクが内蔵されているようなものだ。なお、魔法陣が保持していた魔力は測定完了後、校内にある魔石庫に送られる。魔力を無駄にしない効率設計である。
そんな魔力測定器が今、私の目の前で異常な反応を見せていた。
そう、異常だ。
少女は魔力の受信機である石版に手を置いたかと思えば、異常なまでに淀みなく魔力を流した。まるで最初から少女自身が装置の一部だったかのように、なんの抵抗もなく、一切の無駄もなく魔力が流れ込んでいく。
何よりも異常なのは、その量だ。測定器が許容量を超える魔力を注ぎ込まれ、溢れ出した魔力が強く光を放った。明らかにマズい兆候だ。
気がつけば私は、恥も外聞もなく「魔力を流すのをやめてくれ」と懇願していた。
測定器は無事だった。本来ならば魔法陣の何割まで魔力が貯まったかを表示してくれる筈の鏡面板は、何も映すことなく全面を光らせているが、まあ問題ない。
咄嗟に止めたおかげで許容量超過が極短い時間で済んだこと、少女の魔力が測定器の回路に非常に馴染んでおり流れ込む際の負荷が小さかったことが幸いしたようだ。
当の少女はといえば、魔力を流していたときの姿勢のままキョトンとした顔で私を見ていた。息を切らせる様子もなく、である。
つまり、測定器から溢れるほどの魔力を放出してなお、余力があるということだ。
彼女からの手紙によれば、少女を弟子にしたのは手紙のやり取りをする約一ヶ月前。そこから二か月の間を置いて現在に至る訳だが、それまでは何の訓練も受けていなかったと聞いている。
ほんの三ヶ月前まで魔法に縁のなかった少女が、並の魔法使い五人分の魔力をあっという間に注ぎ終わってなお底が見えないなど、一体誰が予想できようか。
期待以上の逸材だと言わざるを得ない。
年甲斐もなくはしゃぎたくなるのを必死で取り繕いながら、私は次の試験を案内するのだった。
ウソ予告:一年の終わりに開催される伝統あるレース『コーチ・ランニング』。今年もその出場オファーがやって来た! 出場条件は唯一つ。誰かの師であること! 真っ向勝負も小細工も裏工作も直接の妨害も全てアリアリのサバイバルレース! 果たして今年最後の栄冠を手にするのは誰だ!? 次回、『師走の師はシュワシュワと寿司をキメる』お楽しみに。




