第42話 買い物は計画的に
時間を少し遡り、こちらは王都商業地区の古着屋『ディア・シャロット』。マキオが退出してからそう間を置かずに、店主はクローネ達の待つカウンターへと戻ってきた。
両腕で抱えるように持っているのは、彼が厳選した品々だ。
「まずはこの辺りなどいかがでしょうか。いずれも自信を持ってお勧めいたします」
そう言って並べられたのはワンピース型のもの。光沢のある布地の、恐らく元はパーティドレスだったのであろうものが二着と、普段遣いに向きそうな落ち着いた色合いのものが三着だった。
「ふむ。ミカ、どうじゃ?」
「えっ、あの……」
どうじゃ、と言われても服の良し悪しなんて分からない。並んだ服の端から端まで目が泳ぐばかりで、返事もできずにいる。並べられた服は、少なくともミカの目からはどれも綺麗で、自分が着るには上等すぎるように感じられた。
「遠慮せずに思ったことを言ってよいのじゃぞ」
「ええと、きれいだとは思う……けど……きれいすぎるっていうか……」
態度から察したクローネがそっと少女の茶色い髪を撫でた。後頭部に伝わる優しい手の感触に後押しされるように、ミカはぽつりと呟くように言う。
「ああ、ちょっと分かります。きれいな服って汚しちゃったらどうしよう、って考えちゃいますよね!」
「う、うん……それに、似合わないでしょ? アタシ、そういう服着たことないし……きれいすぎると、なんか……服に悪いなって」
「そうですか? きっと似合うと思いますけど……でも、普段着なら多少汚れてもいい服でもいいかもしれませんね」
ククルゥが賛同したことで、話しやすくなったミカは少しずつ思っていることを言語化していく。店主はそんな少女達の会話を真摯に受け止めてくれた。
「かしこまりました。それでは別のものもお持ちしましょう」
「すまぬな、店主殿。しかしミカよ、こういう服も一つ二つ持っておくと便利じゃぞ?」
踵を返して再び店の奥に向かった店主の背中に声をかけつつ、クローネはミカに話しかける。その口元には猫がネズミをいたぶるようなニンマリとした笑みが浮かんでいた。
「い、いいよ……だって、高そうだし……似合わないし……」
「やれやれ、馬車を止めたときの勢いはどこへ行ったのやら……」
「そ、それとこれとは違うだろ!」
「くふふ、その意気じゃ。しかし、これらが似合わんとは思わんがの」
「そうですよ! この薄青色のなんて絶対に似合います!」
「そ、そういうのは、もっと女っぽいやつが着るもんだろ」
「えー……ミカちゃん可愛いのに……」
「そうじゃな。これを着た姿はきっと可愛らしいじゃろうな」
「~~~っ! もう!」
女三人寄れば姦しいとはいうが、それは年齢が多少離れていても適用されるものらしい。わいのわいのと盛り上がる三人だったが、そこへバリトンボイスが割り込んだ。
「お話中に失礼します。こちらの服ではいかがでしょうか。動きやすさや手入れのしやすさを重視してみました」
そう言って店主が広げたのは、シンプルな白のブラウス。首元にアクセントとして濃い茶色のリボンタイが付いており、袖口は同色の細いリボンで絞れるようになっていて、仮に袖まくりをしたとしてもずり下がってこないようにできるだろう。
一緒に持ってこられたのは蜂蜜色の肩紐が付いたショートパンツ。ミカが履けば膝上程度の丈になるだろうか、ボーイッシュな印象のシルエットが少女の勝ち気な顔立ちによく似合いそうだ。
「あ、これ……」
実際、ミカの好みには合致したようで、明らかに反応が違った。店主の目が光る。
「こちら、素材はどちらも綿を使用しております。汚れたとしても洗濯が容易ですし、丈夫ですから多少のことでは破れたりしません。着回しが効きますし、余裕のある作りですから活動的な方にも間違いなくご満足いただけるものと思います。パンツに関しては少年向けですが、お嬢様ほどの年齢であれば問題なく着用できるかと。」
セールストークは先程ミカが気にしていた部分を強調しつつも、敢えて値段には触れない。何故ならこの場のスポンサーはこの服を着る少女ではなく、それを見守る黒髪の美女。そしてそちらからは既に事実上予算無制限とのお達しを受けているのだ。であれば、すべき事はこの少女の魅力を引き立てる服を選ぶという一点のみ。
「これだと今の時期は良くても、冬場は足元が寒くありませんか?」
翼耳族の少女から、現実的な質問が飛ぶ。しかし、その程度の問題は店主も想定済みだ。
「はい、ですので併せてこちらをお勧めいたします」
取り出すのは膝上までを覆う長さの靴下。厚さを変えて三種類。そしてガーターベルト。季節によって使い分ける事を前提に用意したものだ。
そしてもう一つ、ショートパンツと似た色合いのロングコルセットスカート。腰から腹回りを覆うコルセット部分を編み紐で締めることで多少サイズに融通が利きそうだが、その丈はどうみても大人用だ。
「これは流石に大きくないかの?」
「お買い上げいただくということであれば勿論お直しさせていただきます」
「わ、これも似合いそう!」
「そ、そうかな……?」
「そうですよ! クローネ師匠もそう思いますよね?」
「うむうむ。無論ミカの意見が最優先じゃが、似合うと思うぞ」
実はここまでの間にさりげない思考誘導があった。最初、ミカの中には服の値段に対しての――より正確に言うなら自分に相応しくない待遇に対しての遠慮があったのだが、ククルゥ及びクローネとの会話で繰り返された「似合う」という言葉によりいつの間にか判断基準が『似合うか似合わないか』に置かれ始めていたのだ。
また、ミカ以外の誰一人として値段についてを口にしないことも思考誘導に一役買っていた。もっとも、意識的にそれを行なっていたのは店主とクローネの二人であり、ククルゥはただ純粋に思ったことを言っていただけである。本心からの言葉であったからこそ、ミカも自然に受け止めたのだ。
「う、うーん……本当に似合うと思う?」
頬を薄紅色に染めて、もじもじしながら少女が問う。まだ少し遠慮が残っているものの、それは明らかに承認を求める言葉。少女が一人の女性として一歩を踏み出した瞬間。
――勝ったな。
奇しくもクローネと店主の心の声が合致した瞬間であった。何に、などと無粋な質問をしてはいけない。
「もちろんです!」
「似合うと思うぞ」
「私も見立てには自信がございます」
三者三様に少女の選択を肯定する。
「で、でも本当にいいの?」
「よいよい。店主殿、ブラウスとパンツ、それにスカートと靴下は全て購入じゃ。それと薄青色のワンピースも貰ってゆこうかの」
「ありがとうございます」
「えっ、ちょ――」
「ああそれと、今の服に合いそうな靴を扱っている店を知っていたら教えてほしいのじゃが」
「靴でしたら三軒隣がよい仕事をします。私の靴もそこで仕立てて貰いました。足型をとるところからですと少々時間を頂くかと思いますが、汎用品であればいくらか店に並んでいるはずです」
「なるほど、訪ねてみよう」
あれよあれよという間に話をまとめてしまうクローネと店主の会話に、ミカが割り込む隙はなかった。むしろ選ばれなかったドレスをククルゥが勧めてくるのをなんとか躱すので精一杯だった。
「ミカちゃん、こっちも着てみましょうよ!」
「いやだ!」
「絶対似合いますから!」
「やだってば!」
仲のいい姉妹のようなやりとりに思わず頬を緩める店主は、流れるような動作で品物を梱包していく。クローネがこっそり肌着類も追加購入したのはっきっと関係ない。
結局、予算として掲示した銀貨十枚を大幅に超えていたが、クローネは当然のような顔で支払った。もとより二、三着で済ませるつもりもなかったらしい。
「スカートのお直しが終わりましたらどちらへお届けいたしましょう?」
「ああいや、それには及ばぬ。こちらから取りに来よう。何日で出来る?」
「二日頂ければ」
「分かった。では三日後に取りに来る」
「かしこまりました。お待ちしております」
そんなやりとりを済ませ、ドレスを前に微笑ましい攻防を繰り広げる二名を促して店を後にしたクローネは、店主の勧めに従って靴屋へと赴く。
荷物持ちはミカに任せている。本人は初仕事が自分の服という点に何か言いたげだったが、それでも嬉しそうに箱を抱きしめて歩いていた。
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「おお? なるほど、腕の良い職人がおるようじゃ」
靴屋に入ってすぐ、クローネの目に留まったのは木製の小さな螺旋階段。そこではまだ主のいない靴達が楽しげに上り降りしている。靴底を小さな金具で支えることで、実際に歩いているときの角度を再現してみせているのだ。
ただ置いているだけでは見えづらい靴の裏や底材との継ぎ目までもしっかり見える形で展示していることから、自信のほどが覗える。
そして、実際そうするだけの腕前があるようだ。靴に限らず、革製品には衣服とはまた違う独特の縫製技術が必要だが、整った縫い目からは基礎技術の確かさが伝わってくるし、鞣し具合も足への負担がかからず、なおかつ型崩れしない境界をしっかりと見極めているようである。
成長の早い子供の足に合わせた靴はその調整が難しいものだが、ここならば安心して任せられるだろう。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
来客への定型句を紡ぐ柔らかなテノールの声と共に店の奥から出てきたのは年の頃三十手前といった風貌の青年。上背があり、服の上からも分かる筋肉質の体と短く刈り揃えられた少し硬そうな金髪は、それだけなら精悍な印象に留まっただろう。
しかしながら、堀が深く厳しい顔立ちが荒事専門の冒険者もかくやという風格を漂わせ――有り体に言ってしまえば悪人面と呼ばれる類いの強面だった。
「うむ、子供用の靴を二足。普段遣い用と、礼服とまでは言わんが少しばかり畏まった席にも使えるものを探しておる」
「かしこまりました。お使いになるのはそちらのお嬢さんですね?」
そんな彼に対しても特に尻込みすることなく対応するクローネは流石の年の功、もとい世慣れした大人と言えよう。だが、そうではない者もいる。
青年の青い目がクローネの後ろで服の箱を抱えるミカへ向けられ――悪気はないのだろうがそれはギロリと音のしそうな動きで――悲鳴こそあげないまでも少女の身体が一瞬竦んでしまったのは不可抗力というものだろう。
男性も自分の容姿が他人に比べて少々威圧的であることは自覚しているようで、すぐに視線を外すと恐縮したようにその大きな体を縮こまらせた。
「申し訳無い。怖がらせるつもりはなかったのですが……」
「いや、こちらこそすまぬ。まだ人見知りする年頃でな」
「あ、あの、ごめんなさい……」
まだ少し膝が震えている様子ではあったが、ミカは前に出て頭を下げた。少し向こう見ずなところはあっても決して粗暴ではない少女は、目の前の大きな男性を自分の反応で傷付けてしまったことを良しとできる性格ではない。
それはそれとして怖いので目は合わせられていないが。
「こちらこそごめんね。お嬢さんはどんな靴がいいかな?」
少女の精一杯の頑張りに応え、青年もしゃがんで目線を下げる。体格差からくる威圧を少しでも減らそうという試みだ。その成果は――「ひぅ」と短く漏れた悲鳴で察して欲しい。優しく話しかけられても近くにオーガの如き顔面があればやはり怖いのである。
哀しげに、同時にどこか諦めたように、青年は立ち上がろうとした。これが初めてという訳でもない。いつものことだと言い聞かせるように。
だが、しかし。それを実行する前に少女はその恐怖を乗り越えてみせた。
「こ、これ! この服に似合う靴がいい!」
差し出すのは大切に抱えていた箱。ミカにとっては大げさではなく宝物に等しい。ただ怖がっているだけの相手に渡すことなどできないはずのそれを、勇気を出して託した。
「……一旦開けてもいいかな?」
「う、うん……」
そっと受け取った箱をその場で開封。丁寧に折り畳まれて梱包された服を、大きな手が取り出した。じっくりとデザインや肌触りを確かめる。
強面の男性が手にした女児服を真剣な顔で見つめている絵面はかなり犯罪的だが、これも仕事熱心であるが故のことであり無論のこと他意はない。
しばらく眺めた後、静かに瞑目していた彼はやがて仇敵を見つけたかのような形相で両目を開いた。
「……大体イメージできました」
不敵な笑みを湛えた靴屋の青年は手にしていた服を丁寧に畳み直し、ゆっくりと立ち上がると、今から一狩り行くのではと思わせる迫力でノシノシと店の一角へ歩いていく。
「あれでわざとやっている訳ではないようなのが余計にたちが悪いのう……」
その背を見送る大魔法使いは呆れ顔でそう呟いた。
「でも、よく見ると優しい目でしたよ」
「顔は怖いけど、アタシの服を触るときも大事にしてた」
「うむ、善良なのは間違いないな」
哀しいことだが、見た目で損をするタイプの人間は存在する。彼も普段から苦労しているのは間違いないだろう。それでも王都で店を構えることができるという事実が逆説的に職人としての腕が確かであることを証明しているとも言えた。
「お待たせしました。普段遣いにはこちらの革靴を、もう一点はこちらで靴を仕立てたいのですがいかがでしょうか」
戻ってきた青年の手にはブラウスのリボンと同じく焦げ茶色の柔らかな革靴と、空色のエナメル革があった。後者は明らかにワンピースと色合いを揃えている。仕上がりが固くなるエナメルは可能ならば足に合わせて作りたいとのことだった。
「ふむ……ミカ、どうじゃ?」
「えっ、うーん……よくわかんない……」
「まあ、それもそうか。試しに履いてみることはできるかの?」
「勿論です。ぜひ」
履いてみた結果、今のミカには少し大きいようだったが、厚手の靴下を履けば十分に対応できる範囲であることが分かり、購入決定。
「新しく作る方はしばらくお時間を頂きますが……」
「儂らは一月ほど王都に滞在する予定じゃ。間に合うかの?」
「急げばなんとか。この後採寸して、今日中に仮型の作成まで、できれば明日にでも仮合わせを行ないたいのですが……」
「明日か……うむ、なんとかしよう」
と、相談しているところで店の扉が開いた。入ってきたのは黒髪に細目の青年。そう広くない店内に探し人の姿を見つけほっとした様子である。
「ああ、よかった。古着屋さんに戻ったらいないので少し焦りましたよ」
「おお、丁度良いところに。マキオ、明日ミカを連れてもう一度この店に来てくれ」
「はい?」
――かくかくしかじか。
「なるほど、分かりました。では明日は別行動ですね」
「そうなる。頼んだぞ」
師弟が話している間に、ミカはククルゥの付き添いのもと足の採寸をされていた。
足の長さ、幅、足囲、土踏まずの高さなど細かく計測されるのだが、素足を他人に触られることなど滅多に無いせいでどうしてもくすぐったい。
反射的に足が跳ねたり、動いてしまったりで遅々として進まないのだが、笑いながら時間を共有した効果か、店を出る頃にはすっかり靴屋の青年と打ち解けたのであった。
ウソ予告:恋……それは思春期の男女が罹患する精神的な病。魔法があっても簡単には解決できない、理不尽で不可思議な毒にして甘い蜜。たった一言が言えないばかりにすれ違い、ぶつかり合うのはいつの世も同じ。ここにも一人、素直になれない患者がいる。次回、『ツンデレにつり目ツインテールを求めるのは世界の意思なのだろうか』お楽しみに。




